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2006.02.24

ハートマークのワークショップ

今週の火曜、水曜と大阪市の青少年センターの企画でワークショップをやってました。
 子育て中の親を対象にするということで、どんな参加者になるのか、少し心配しながら会場に向かいました。
1日目は、日之出青少年会館でした。一時保育もあるというので、参加しやすい条件下と思ってましたが、人数が少なくて拍子抜け。
呼びかけ文の中には、次のようなやたらと長い、わかりにくいだろうなあと思われる一文がありました。
「目が見えないこどもの世界を知る手がかりとして、記憶や音、指先の感覚を活かした「触る絵画」のワークショップを通じて、目が見えないこどもたちの世界を体験、共有、交流する中から、目が見えないこどもも、見えるこどもも、ともに豊かに暮らしていける子育てを考えます。」
たぶん、企画者の意図としては、目の見えない子どもを持つ親だけでなく、見える子を持つ親にも参加してほしいという思いがあったのでしょう。
地域で障害児を受け止めていこうという姿勢は理解できます。でも、表現がとてもわかりにくい。子育てで忙しい親にこのようなメッセージが伝わるとは思えない。さらに言えば、企画者の意気込みが感じられなかったという印象もあります。

 2日目は、場所を上新庄の大阪市立盲学校に移して、視覚障害児を持つ親を対象にしたワークショップでした。
ここでは、盲学校の協力もあったのでしょう。14人の参加があり、いつものように活発なワークショップとなりました。
やっぱり、ある程度人数が集まっていろんな個性が集団を作っていた方が、賑やかで大胆な作品も生まれてくるように思いました。
もう1つ、活発になった原因は、自分の子どものためになにかを吸収してやるぞという気構えでしょうか。そういう気迫みたいなものも感じました。

 こちらの反省点としては、福祉という枠組みに乗せられてしまって、自由さに欠ける内容になってしまったかなあと思っています。
なぜなら、今回の子育てというテーマを意識し過ぎて、描くテーマを「育てる」にしてしまったことです。
なかなかいいテーマを思いついたとやり始めたのですが、よくよく考えてみると、子育て真っ最中のときに、改めて「育てる」なんて言われても、おもしろくないやろなあと思ったのです。
で、結果として育てるという言葉のイメージからやたらと「ハートマーク」がたくさん描かれました。
携帯世代の、絵文字文化の現れかとも思うのですが、それにしても毛糸でハートをかたちどる人が多いことには、ビックリでした。
子育てはしなくてはならないものだ! イヤイヤではなく、楽しくやらなければならない! むりやりハートマークで自分の気持ちを鼓舞しているようにさえ思えました。
子育てに疲れて、もうそんな場所から逃げたいと思っている人も居ていいわけで、もっと自由に気持ちを表現できるテーマを選ぶべきでした。

 それにしても、ぼくは目の見えない子どもとして、なにか特別な子育てをしてもらったのだろうか? 目の見えない親として、特別な子育てをしてきたのだろうか? そして、そのどちらからも遠ざかりつつあるということで、改めて年齢を感じたワークショップだった。

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コメント

ワークショップでpikoさんの絵に触れて、そして、コメントを読ませてもらって、ぼくはまた遠近法について考えるようになってしまいました。まだうまくまとめられていないのですが、なんとか書き終えて読んでもらおうと思っています。

投稿: 光島 | 2006.02.28 18:53

そうです、山道に車の絵です。この書き込みだけでわかってしまうとは・・・。すごい記憶力ですね。

「触る絵」イコール「視覚障害のあるわが子のため」っていうイメージにとらわれていた私は、光島さんの美しい作品の写真を見せていただいて、そのしばりがいっぺんになくなりました。もしかしたら、親がそういうしばりから解放されることで、子どもの世界も広がっていくのかもしれません。そういう意味でも、とっても感謝しています。

noppoさん、ハートマークのクリップ、私も昔作りました。かんたんでかわいいですよね。

投稿: piko | 2006.02.26 14:59

noppoさん、きっと内の鍼灸院にきている背の高い患者さんかな。
間違えていたらごめんなさい。

 ハートマークというと、もう8年ぐらい前に描いた『ウルムの大聖堂』という作品を思い出しました。触れるポスターにもなっていて、「光島ギャラリー」のページにも載せてます。

いまでははずかしくて、あんな作品は描けないかもしれないなあ。ドイツに旅行したときに、ウルムという町で登ったらせん回団のある教会を絵にしました。窓際には、ハート型や、ダイヤ型の窓がくり抜かれていました。風の強い日で、その窓から風が吹き込んできていました。
それで、ぼくの構図は、ハートや、ダイヤを画面に飛び散らせてしまいました。当時は、画面にハートを飛び散らせるとどんな風に見えるとか、そういうことは考えもしなかったのです。

投稿: 光島 | 2006.02.26 00:51

ハートマーク。これは私も大好き。
両手の指でも作れるし 手話の心は指で作るハート

ゼムクリップで作ってメモにつけたこともあったっけ。

とんがったところを3つつなぐとクローバー
4つつなぐと幸せの4つ葉のクローバー

ハートマークを見ると心がほかっと暖かくなって
ついほほえんでしまう魔法のマーク。

投稿: noppo | 2006.02.25 20:37

pikoさん、コメントありがとうございます。
 ありゃあ!!参加者から、コメント付けてもらえるとは思ってませんでした。
好き勝手なことを書いているので、気分を害しておられなければいいのですが。
ところで、pikoさんは、最後にアルバムや図録を見て、ミロのことについて話しておられた方ではないかと覚えているのですが、ワークショップでは、どんな作品を作られた方でしたか?
山道に車の作者でしょうか。あの遠近法の……。ワークショップ参加者になにかの縁があって、お会いしたときには、どんな作品の人でしたかとお尋ねします。
それを聴くとたいがい、思い出せます。ぜひ教えてください。

 それにしても、ブログ、最近始めたのですが、いろんな人からアドバイスもらえたり、このように、ワークショップ参加者から感想を寄せてもらえたりで、とてもうれしいです。
みんなの集まっている初対面の場では、なかなか感想なども言いにくいだろうし、かえってこのようなかたちの方が言いたいことを伝えてもらえるかな。ぼくはかなり本音で書いています。


投稿: 光島 | 2006.02.25 15:05

こんにちは、先日ワークショップに参加させていただいた大阪市立盲学校の親です。楽しい時間をすごさせていただき、感謝しています。

ハートマークについてですが、私としては、もしテーマが「育てる」以外でも、ハートマーク続出だったのではないかと思ったりします。

私を含め子育て中の親たちは、単に視覚障害のあるわが子に絵をさわらせてやりたいという目的で参加していた人が多かったようです。絵柄となったものは、結局自分の子どもが一番喜びそうなもの。ハートマークは、愛しているということを伝えたいため。当初の目的意識からいって、そこから抜け出ることは難しかったのではないかと思います。

自分の作品を作り終わってから、光島さんの作品の写真を見せていただいて、そのすばらしさに感激しました。その時点でやっと、本来のアートの持つ力や表現といったものに心が開かれたように思います。貴重な機会を与えていただき、ありがとうございました。

投稿: piko | 2006.02.24 22:15

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