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2006.05.27

底のないかたち

二人展が始まって10日が過ぎる。
今回、耳にしない言葉がある。
「ピカソみたい。マチスのようだ」
そういう評価を聞かないのだ。
いろんな有名作家にたとえて言われると、うれしいような、くやしいようなふしぎな気分になる。

来場者の感想を聞いていると、どうもキューブかおもしろいらしい。
どこまでも繋がっている。
置き方によって、いろんな風に見える。
そんな風に言われているようだ。
こういうスタイルの作品は、あまり例がないのだろうか。
普段、画集を見たり、美術史を学んだりしないぼくにはよくわからないので、詳しい人がいたら教えてほしい。

粘土をやっていた頃、ワークショップで西村陽平氏が課題にしていたことがある。
それは、「底のないかたちを作りましょう」というものだ。
ぼくの粘土作品にもそういう試みのものがいくつかある。
粘土を積み上げていくには、必ず底になる部分が必要だ。
かたちを保つためにも、どうしてもしっかりした底を作ってその上に積み上げて行かなければならない。
底のないかたちを粘土で作るには、途中で適度に粘土を乾かして、横倒しにしてもかたちが変形しないようにする。
そして、さっきまで底になっていた部分に粘土を付けて、底となる部分から新たなかたちを積み上げていくのだ。

ぼくの作ったのは、球体に近いようなものと、もう1つは、ぺたんとした魚でいうとエイのようなかたちのものだった。
西村氏の話しでは、現代の彫刻は、台座と言うようなものを捨てようとしていると聞いたような覚えがある。
たぶん、額とか台座は、もう古くさいものなのだろう。
ぼくはと言えば、額に入るとよく見えるとか、台座への収まりがいいというようなことは、さわっていてもピントこないのだ。

話しを戻すと、今回のキューブ作品は、底になる部分がない。
もちろん、書き始めの場所は決まっている。
粘土のように乾くのを待たずして、次から次へと、キューブを回転させながら描けるのがスピーディーだ。
さっきまで描いていたところが、底になったり、側面になっていたりする。

キューブに描いていて、直角のラインを越えて次の平面へ差しかかるとき、思わぬ快感を感じてしまった。
新たな地平を切り開くというか、スケッチブックなら新たなページを開くときのような快感に似ているかもしれない。
キューブを転がすごとに、そういう新鮮さを感じるのだ。
けっして色あせない新たな地平が待っていてくれる。
飽きっぽいぼくにはもってこいだ。
どうだろう。見ている人もそんな快感を道連れに鑑賞しているのだろうか。

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