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2006.08.29

『手を伸ばせばそこに』

水戸芸術館で、ワークショップと公開制作をしてきました。
ワークショップ担当の学芸員は、森山さん、
公開制作担当は、今回の「ライフ」展を企画した高橋さんでした。
ワークショップもたくさん企画されているし、展覧会でもいろんな新しい試みをされていて、みなさん器が大きいというか、
自由にものを考えられる人たちだったので、とてもいい時間を過ごさせていただきました。
たぶん、参加してくれた人や見に来てくれた人も、かなりの満足度ではなかったかと自画自賛しています。

ここでは、27日・日曜の午前10時から描き始めた『手を伸ばせばそこに』という
タイトルの作品を紹介します。会期中だけ存在する作品です。どうぞご覧ください。
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2006.08.21

「ライフ」展

新日曜美術館のアートシーンでも紹介されてましたね。
 ぼくは、出品作家ではありませんが、ワークショップと公開制作をします。
8月25日と26日が、触覚絵画のワークショップです。
定番の廃材を使っての創作ワークショップですが、今回は、展覧会の音を借りてやってみようかな

8月27日・日曜は、終日ワークショップルームの壁面に描きます。
幅9メートル。高さ5メートル。中心あたりに窓があるふしぎな空間です。
来館の際には、ぜひお立ち寄りください。
それ以後、最終日までその絵が展示されます。

「ライフ」展
2006年7月22日(土)~10月9日(月・祝)月曜休館
*ただし、9月18日、10月9日(月・祝)開館、翌 9月19日(火)休館。

パソコンや携帯電話でのコミュニケーションや、ゲームの中の仮想世界に慣れてしまっている今日、人びとは生きている実感や、いのちに対するリアリティを見失いがちです。
本展では、現代美術のアーティストだけでなく、マンガ家やHIV予防運動にとりくむアクティビスト、障害を持ちながら制作活動を行う作家たちによる作品を紹介し、
多様な生命力を喚起することをテーマにしています。
原初的な衝動に支えられて生み出された表現が、ジャンルや社会における立場の違いを乗り越え、さまざまな生命のエネルギーが交差する場を創り出すでしょう。
会期中には、トークやレクチャー、ワークショップを通して、
「人間ってどうして表現せずにはいられないの?」「生きるってどういうこと?」、「私ってなに?」
-- そんな疑問について多方面からゲストを迎えて考察します。

■出品作家(13名)
今村花子(平面)、岡崎京子(マンガ)川島秀明(平面)、齋藤裕一(平面)、佐々木卓也(平面)、舛次崇(平面)、棚田康司(立体)、
西尾康之(立体)、ハスラー・アキラ(写真)、HEARTBEAT DRAWING, SASAKI(ドローイング/インスタレーション)、日野之彦(平面)、
山際正巳(立体)、吉永マサユキ(写真)

■展覧会概要
展覧会名:欧文表記:LIFE
会期:2006年7月22日(土)~10月9日(月・祝)
開館時間:9時30分~18時 (入場は17時30分まで)
休館日:月曜日
*ただし、9月18日、10月9日(月・祝)開館、翌 9月19日(火)休館。
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
入場料 :一般800円、前売・団体 (20名以上) 600円、中学生以下・65歳以上・各種障害者手帳をお持ちの方は無料。
チケット取扱:水戸芸術館エントランスホールチケットカウンター、JR東日本みどりの窓口、びゅうプラザ
一年間有効フリーパス
・ハイティーンパス「H.T.P.」1,000円 対象15歳以上20歳未満
・おとなのパス 2,500円 対象20歳以上
取り扱いは、水戸芸術館エントランスホールチケットカウンター

企画:高橋瑞木(水戸芸術館現代美術センター学芸員)

企画協力:はたよしこ、山下里加


■関連企画

1. オープニングレクチャー「心を震わせる "表現" とは何か」
脳科学者として、美術や文学評論など幅広い活躍をしている茂木健一郎氏が人間の表現力についてお話しします。
講師:茂木健一郎(脳科学者)
日時:2006年 7月22日(土)14時~15時30分 *開場13時30分
会場:水戸芸術館ACM劇場/定員:300名/料金:500円
*チケットは当日券のみ(整理番号付)を 9時30分よりエントランスホールチケットカウンターで販売します。


2. ダンスパフォーマンス「つよしさん、水戸にも参りますか」
関西で話題のダンスユニット、西村猛とyumが、コミカルな即興ダンスパフォーマンスをおこないます。
パフォーマー:西村猛+yum
日時:2006年 7月23日(日)14時~14時30分
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー第3室 *料金は展覧会入場料に含まれます。


3. キュレーター・トーク
展覧会を企画した学芸員がトークをおこないます。
日時:2006年 8月 5日(土)14時~15時
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー *料金は展覧会入場料に含まれます。


4. ワークショップ&公開制作 「触覚絵画をつくろう」
目が不自由ながら精力的に表現活動をおこなっている京都在住の画家、光島貴之が、触って感じる新しい絵画の鑑賞法についてレクチャーしたあと、参加者の皆さんと一緒に触覚絵画を制作します。
講師:光島貴之(アーティスト)
日時:2006年 8月25日(金)、26日(土)各日13時~16時30分
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
定員:各日15名(先着順/要電話申込)
対象:小学校5年生以上
参加費:500円 *別途、展覧会入場料が必要です。
お申し込み・お問い合わせ:水戸芸術館現代美術センター Tel. 029-227-8120


5. 光島貴之 公開制作
大きな壁をキャンパスに触覚や聴覚でとらえた世界を描きます。
日時:2006年 8月27日(日)10時~17時
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
*料金は展覧会入場料に含まれます。


6. 「ふたりでみてはじめてわかること」
全盲である白鳥建二さんは「ことば」を介して作品鑑賞を楽しむ達人です。
作品について伝えあい、分かちあいながら、障害がある人もない人も一緒に「ライフ」展を巡ります。
講師:白鳥建二
日時:2006年 9月8日(金)・9日(土)各日14時~15時30分
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
定員:各日20名(先着順/要電話申込)
申込締切:2006年 9月 5日(火)
*料金は展覧会入場料に含まれます。
*障害がある方と付き添いの方1名は無料になります。
お申し込み・お問い合わせ:水戸芸術館現代美術センター Tel. 029-227-8120


7. スペシャルトーク・トーク

(1)スペシャルトーク 1 「夜露死苦現代詩の世界」
私たちの生活の身近にあるアバンギャルドな現代詩とその魅力を都築響一氏がナビゲートします。
講師:都築響一(編集者)
日時:2006年 9月 2日(土)14時~15時30分(開場13時30分)
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
定員:80名 *料金は展覧会入場料に含まれます。

(2)スペシャルトーク 2 「ボーダレス・アートって何?」
芸術に新しい地平を開拓する関西発ボーダレスアートについて、アーティスト、キュレーター、ジャーナリストが語ります。
パネリスト:森村泰昌(アーティスト)、はたよしこ(ボーダレス・アートギャラリーNO-MAアートディレクター、絵本作家)、山下里加(アートジャーナリスト)
日時:2006年10月 1日(日)14時~16時(開場13時30分)
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
定員:80名 *料金は展覧会入場料に含まれます。


CACギャラリートーカー(ボランティア)による ウィークエンド・ギャラリートーク
CACギャラリートーカーと対話しながら展覧会を鑑賞します。
日時:2006年 8月 5日(土)~ 10月 8日(日) 毎土・日曜日 各日14時30分~(約40分)
*都合により中止になる場合がありますのであらかじめご了承ください。
*料金は、展覧会入場料に含まれます。


赤ちゃんと一緒に美術館散歩
日時:2006年 8月18日、9月8日(いずれも金曜日)各日10時~11時
募集人数: 6組(先着順)
対象:未就学児とその保護者
参加費:無料 *別途、展覧会入場料が必要です。
お申し込み締め切り:各日、開催日の3日前まで
お申し込み・お問い合わせ:水戸芸術館現代美術センター Tel. 029-227-8120


託児付きギャラリートーク
お子さんを預けて、展覧会をゆっくりご覧ください。
日時:2006年 9月14日(木)10時~11時30分
募集人数:8名(先着順)
託児料金:500円(1家族につき) *別途、展覧会入場料が必要です。
お申し込み締め切り:2006年 8月31日(木)
お申し込み・お問い合わせ:水戸芸術館現代美術センター Tel. 029-227-8120


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2006.08.14

シデロ・イホスを聴きながら

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土曜日12日は、兵庫県美での公開制作でした。
音の作家、原田和男さんの展覧会に、飛び入りスケッチという感じです。

展覧会場から、原田さんの鉄の楽器をエントランスホールに持ちだして、笛と三味線の演奏家も交えてのジョイントコンサートです。
ぼくはその片隅で、90センチ×180センチの作業台と椅子を用意してもらって、
50センチ四方の板パネルに5枚描きました。

今回も、阿部さんがアシスタントをしてくれました。
少し、公開制作のときのアシスタントの役割について書いておきます。
それは、オペ室のナースの役割です。
ぼくは、医者のように偉そうにしているつもりではないけど、
「赤の2mm」とか指示して、使い終わったテープをテーブルの上に置いて、次のテープを受け取ります。
ぼくが、次に何を使うかはなかなか予想困難だと思うので、この役割もかなり集中力を必要とします。
音のイメージをたどりたいので、かなりスピーディーに次から次へと描き進めます。
まだ描き終わらない内に、次の指示をつぶやいていることもあります。

カッティングシート・丸シール・ラインテープ。それにハサミやカッターナイフを置いた
場所がわからなくなって探していたら、それも手渡さなければならないし、すでに貼った
テープの色をぼくが忘れてしまったら、それもそっと伝えなければならない。
ライブのときには、頭の3分の1ぐらいは、音が流れています。
残りの3分の2では、いまたどっているかたちと色と、そしていままで描いてきたイメージ。それらが頭の中でグルグル回っているので、つい全体のイメージ、特に色合いを忘れて前へ前へ進んでいきます。
あっ! どんな色を使ってこの画面を構成していただろうかと混乱することがあるのです。
そんなときにもアシスタントに登場してもらいます。
短い言葉で、画面がどんな風に進んでいるかを説明してもらうのです。
アシスタントの仕事は大変です。こうして文章にしてみて初めて気が付きました。
阿部さん、ごくろうさまです。
家で一人で描いているときより、ぼくは、うんと楽をしています。
もっとアシスタント代を弾まなくてはならないかなぁ。

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2006.08.07

まずはもうひとつの美術館

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1週間ほど、留守をしていました。
今回は、ノートパソコンを持って出かけたので、宿からいろいろ発信するつもりでしたが、
東京の宿泊先は、「全館インターネットラン対応」と書いてあったんですが、
どうしてもサーバーに繋がらない。フロントに聞いたら、最近繋がりにくいんですとの応え。しかし、繋がりにくいではなくまったく繋がりませんでした。
おまけにぼくは、安心していて、フォーマとパソコンを繋ぐケーブルを持っていませんでした。
そんなわけで、前半3日間は、ミューズカンパニーのワークショップに出るだけというわりと余裕ある時間を過ごして、
後半の「もうひとつの美術館」でのワークショップとライブパフォーマンス、NHKの取材に備えました。

1日に東京駅に降り立ったときは、何と涼しい、東京は夏を通り越して秋になってしまったかという感じでした。
それが日に日に暑くなり、4日に栃木に移動したときがピークでした。
涼しいと思って行った那須高原は猛暑。
おまけに、廃校になった小学校跡の美術館には、クーラーはありません。
暑さとの戦いになりましたが、実際にワークショップや描いているときには、そんなに暑さを感じないものですね。自然の風と扇風機で過ごせました。
もっとも、参加者の人が一番我慢してもらっていたかもしれませんが……。

昨日京都に帰ってきたら、38度とか。やっぱり京都は暑い、蒸し暑い!!Sany0021_1Photo_6

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2006.08.04

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その4)

最終日は、豊田さんのワークから始まった。
いままで一人で味わっていた身体感覚を、2人組になっておこなった。
肩に手を充ててその人の感覚を味わったり、充ててもらった手の感覚を自分の身体へ導くようなことだった。

続いて、西村先生のテーマは、
「粘土で、手に持って気持ちのいい形をつくる、」というものだった。
今回は、いずれも粘土の量が限られていたので、そんなに大きいものを作ろうということではなかった。
ぼくの気持ちも、身体感覚を呼び起こす豊田さんのワークでリラックスできていたのか、
あまり肩に力が入らずに、手早く3つ作品を完成させた。
これまで、粘土に向かうと、、特徴のあるものを作りたいという気持ちが先に出ていた。
人とは違うものをとあせっていたのだろうか。
今回は、ラインテープを手にして、体のどこからか滲んでくるかたちをたどっていくときの気分で粘土を楽しめた。

最後に、1日目に、みんなで触った3人の作家の作品をもう一度触った。
そして、見える人は、アイマスクを外して、始めて作品を見た。
ぼくは、掛井五郎さんの金属の作品がちょっと貧弱に思えていたのだが、いまこうしてもう一度さわるととても大きなおもしろい作品に思えた。
これは、3日間のワークショップで身体感覚が鋭くなって作品の受け止め方が変わってきたということなのか、
それとも、繰り返し触るという好意に意味があるのだろうか。
以前にも同じような経験をしている。そのときは、同じものを数年後にさわって、
あまりおもしろくないと思ったのだ。
まだ未消化だが、触るという好意が時間を掛けなければ成立しないということと、繰り返し触るということには何か意味があるような気がしている。

ところでぼくのキューブの作品だが、アイマスクを外して見たときの驚きが、他の作家の
ものに比べて格別だったようだ。
ぼくのワークショップでは、触覚と視覚の違いを感じてもらうために、立体コピーで作った作品をアイマスクをして触ってもらっている。
ぼくが、あまり意識せずに制作した作品にも、そのようなおもしろさが潜んでいるのかと改めて知った。

3日間のワークショップ、ぼくにとっては、普段使っている素材とはまったく違うものを使って表現ができたこと。
どうも身体を動かしたり感じたりすることが作品にも影響するという確信を持てたことが収穫だった。

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2006.08.03

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その3)

古川さんの音を触るというデモンストレーションは、簡単に言えば、スピーカーの振動を指先で感じてみようと言うもの。
ガラスの割れる音や、バイオリンの音など、日常の音をいろいろサンプリングしていた。
ぼくはスピーカーの振動板のコーンに指を充ててみたことがあるので、あまり違和感はなかった。

しかし、参加者の中には、この振動が耐えられないという人もいた。
たしかに、ビリビリと指先に伝わってくる感じは、30年ぐらい前に試したことのある
オブタコンという文字読み取り装置を思い出させた。くすぐったくて、イライラしてくるあの感じだ。
でもこの装置からは、そんな違和感は伝わって来ない。
音によって振動の違いが伝わってくるので、もう少し繊細なデバイスが用意されたら、
このビリビリ感はここちよい刺激になるのではないだろうか。

いまのところこの装置では、音も一緒に聞こえてくる。
純粋に振動だけに置き換えられたら、もっとおもしろいものになるのではないだろうか。
ここちよい振動が伝わってくれば、治療的な役割も果たすかもしれない。
錯覚かもしれないが、振動には高さもあるように感じた。このあたりもうまく使えるとおもしろいだろう。

ひょっとしたら、これは、視覚障害者ではなく、聴覚障害者にとっておもしろいものになるかもしれない。


牛さんのデモは、ピンディスプレイだ。
点字を、ピンの凹凸で表すものはどこにでもあるが、点字ではなく、映像を表現しようとしているところがおもしろい。
さらに進んで、動画になっているところに特に注目した。

1行分のディスプレイではなくて、点字用紙1枚分、B5ぐらいの画面にピンが密集している。
ピンを同時にオンすることはもちろんできるわけだが、左からあるいは、上から順にピンがオンしていく。
と同時に最初オンしたピンがオフになっていく。
そうすると例えば3センチぐらいのラインが左から右へ、あるいは、上から下へ移動していくのが感じられる。
指先でその行き先を追いかけることもできるのだ。
このピンノ固まりを、指先で追いかけるのは快感だ。連続的ではなく、その場から消えたかと思うと、まったく違う場所に突然現れる。
両手を使い、手の平も使って追いかける。なかなかスリリングだ。

両手の平をべたっと画面に押し当てているとその手の平の中で丸が広がったり縮まったりするのがわかる。
とてもアクティブで楽しい。
参加していた、盲学校に通っている小学生も、声を上げたり足をバタバタさせて喜んでいた。
ぼくもこのディスプレイで人の動きなどを触ってみたくなった。
もっと大きい画面がほしくなる。A3ぐらいになると1千万円以上必要だそうだ。
ピンだけの表現ならA3以上の大きさは必要ないかもしれない。手の平で追いかけられる大きさには限度もあるし、頭がついていかないかもしれない。
しかし、音と組み合わせるならもっともっと大きい画面でもおもしろいことはできるはずだ。
1億円ぐらいの予算で何かやってみたいな。

最終日には、このお二人といろいろ意見交換もさせていただいた。
1億円は別として、これらの機材をうまく使って展覧会が構成できればいいなぁ!!

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2006.08.02

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その2)

初日にもう一つやったのは、いろいろな石に触れて印象を木炭で描くというものだった。
木炭を使うのは初めて。スティック状の炭なのだが、摩擦感は、白墨っていう感じかな。
描いては、指で消す。消しゴムで消す。
そんな風にやるとおもしろいものができるらしい。
これもなかなか難しい作業だった。なんだかいっぱい粉が紙の上に溢れてきて、一面が粉だらけ。
苦手なお菓子(粉がいっぱいまぶしてあるようなもの)を食べ損ねて、粉なだらけにしてどうしようもないっていう感じになった。
手も粉なだらけ。あまり自由な気持ちにはなれなかった。
これも後から自分の表現を確認できないのが致命的かな。
お互いの表現について話したり、感想を述べ合う時間があればよかったのかもしれない。
そうしたら、自分が描いたものを他の人からどんな印象か聞けるだろう。
時間がおしていて、振り返りの時間もなかった。残念。

8月2日は、豊田さんのワークから始まった。
初日は、自分の体を感じるというようなわりと静的な内容だった。
2日目は、いわゆるブラインドウォークから始まり、野外にある触っておもしろそうなものを手で見るというもの。
2人組になって、アイマスクを付ける人と、サポートする人が交互になるのだが、
見えない人は、スタッフが付いてくれる。それでぼくも手引きしてもらうわけだが、
これでは普段歩いているのと同じ。見えない人は一人で歩かせなくてはおもしろくないね。
ぼくは、一直線に狛犬の置物のところに連れて行かれた。
連れて行かれたというのは、サポートする人が触っておもしろそうなものを見つけて、そこに連れて行って触らせるように指示されていたからだ。

少しさわり始めたところで、
「これは、神社によくあるやつだな。でも美術館にこんなものが。いや、ここは庭園美術館だからか?」
などと考えていると、通りかかった人が
「それ狛犬だよ」と声を掛けていった。種明かしされてしまうとおもしろくないのだが、まあしかたない。

一方、サポートに付いてくれた人は、見えない人に慣れていない様子で、ぼくが台座に登ったり下りたりすると、
必要以上にヒヤヒヤしていた。落ちても30センチぐらいなのだが、とても心配してくれた。
他の人たちは、木を触る人が多かったようだ。

次は、西村先生の出番で、先ほどのブラインドウォークで触った手のひらの印象を粘土の造形にする
1キロぐらいの粘土で、手の中に入る程の大きさで作る。
ぼくが作ったのは、狛犬の表面の縦のラインと、渦巻きになった毛玉のような印象だ。
たまたまぼくと同じ狛犬を触った人が居て、手触りがそっくりだと褒めてくれた。
久しぶりの粘土で意気込んでいたからか、あまり悩むことなく、すばやく印象をかたちにできたと思う。
10年ほど前に西村先生のワークショップに通っていた頃は、この導入の部分で、音や手触りをかたちに置き換えるというのが苦手だった。

次は、古川、牛、両氏によるタクタイル・ミュージックなどのデモンストレーションとトーク。
(続く)

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2006.08.01

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その1)

日記にも書きましたが、東京でのホテル生活、インターネットが繋がらなくて下書きになってしまった原稿があるので、少しずつアップします。
日時を日記風に偽って、ワークショップの日付に合わせています。

ミューズカンパニーのワークショップ、伊地知さん、西村先生にも久しぶりでお会いした。
なつかしいメンバーが、参加者にも一人。
玉録音福祉研究所の清水さん。マラソンを趣味にしていたりする人だが、
ミューズカンパニーのワークショップでは常連だ。
粘土造形をして、その作品におもしろいコメントや、詩的な文章を付けるのがお得意で、昨年、個展もされたようだ。

今回のテーマは、手で見る、鑑賞というのが1つのテーマになっていた。
参加人数は、全部で20人ぐらい。視覚障害者6人ぐらいの中には、小学生や中学生の参加もあった。
自己紹介の後、3つのグループに分かれて、アイマスクをして、粘土の作品(西村陽平)、
金属の作品(掛井五郎)、強化ダンボールのキューブ(光島)を手で鑑賞した。
さらにその印象を鉛筆でB2ぐらいのわりと大きな木炭紙という少しザラつきのある紙に描いた。
印象は、絵だけではなく言葉でも書くように指示された。

触った作品は、最終日にもう一度鑑賞して、ワークショップを受けた結果どんな印象の変化があったかを確認することになっていた。
アイマスクを外して、鉛筆描きしたものを見るときには、すでに作品は撤去されていた。

ザラつきのある紙に鉛筆描きというのは、とてもやりにくい。
ツルンとしたケント紙なら少し筆圧を掛けると、ラインが手で確認できる。
ぼくは、それがいいのか悪いのかわからないが、紙に折り目を付けて目印にしながら描いた。
言葉もスタッフに書き取ってもらうより自分で表現したかったので、点字のイメージを
書き入れた。どうもこんな変則的なことをやる人は、やりにくいやろうなと思いながらも、これがぼくのいつものスタイルである。

すでに描きたいかたちは、その人の中にあって、アイマスクをしていても、目が見えなくても印象は描けるというのが西村先生の考えだろう。
だから、むしろ確認ができない方が、大胆に思い切って描けるということなのだ。
そのことは、目の見えない人においても、同じように作用するということなのだろう。
このあたり、ぼくの考えは西村先生と少し違っている。

目の見える人は、アイマスクをして、いろんな意味で気持ちが解放されて自由になれるという側面があるだろう。
しかし、目の見えない人が、始めから心や気持ちが解放されているとは思えない。
見えない人にも、アイマスクをすると同じような解放のきっかけが必要ではないだろうか。
もしそのきっかけがないなら、大きな紙と鉛筆を渡されても自由にはなれない。
ぼくは、そのきっかけを捜しながら絵を描き続けてきた。
あるいはその契機は、ぼくがアート的なものに接してきた長い時間にあるのだろうと思う。
もし、今回のワークショップの中にそれを求めるとしたら、この後おこなわれた豊田さんの感覚をひらくワークだろう。
(続く)

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