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2006.08.01

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その1)

日記にも書きましたが、東京でのホテル生活、インターネットが繋がらなくて下書きになってしまった原稿があるので、少しずつアップします。
日時を日記風に偽って、ワークショップの日付に合わせています。

ミューズカンパニーのワークショップ、伊地知さん、西村先生にも久しぶりでお会いした。
なつかしいメンバーが、参加者にも一人。
玉録音福祉研究所の清水さん。マラソンを趣味にしていたりする人だが、
ミューズカンパニーのワークショップでは常連だ。
粘土造形をして、その作品におもしろいコメントや、詩的な文章を付けるのがお得意で、昨年、個展もされたようだ。

今回のテーマは、手で見る、鑑賞というのが1つのテーマになっていた。
参加人数は、全部で20人ぐらい。視覚障害者6人ぐらいの中には、小学生や中学生の参加もあった。
自己紹介の後、3つのグループに分かれて、アイマスクをして、粘土の作品(西村陽平)、
金属の作品(掛井五郎)、強化ダンボールのキューブ(光島)を手で鑑賞した。
さらにその印象を鉛筆でB2ぐらいのわりと大きな木炭紙という少しザラつきのある紙に描いた。
印象は、絵だけではなく言葉でも書くように指示された。

触った作品は、最終日にもう一度鑑賞して、ワークショップを受けた結果どんな印象の変化があったかを確認することになっていた。
アイマスクを外して、鉛筆描きしたものを見るときには、すでに作品は撤去されていた。

ザラつきのある紙に鉛筆描きというのは、とてもやりにくい。
ツルンとしたケント紙なら少し筆圧を掛けると、ラインが手で確認できる。
ぼくは、それがいいのか悪いのかわからないが、紙に折り目を付けて目印にしながら描いた。
言葉もスタッフに書き取ってもらうより自分で表現したかったので、点字のイメージを
書き入れた。どうもこんな変則的なことをやる人は、やりにくいやろうなと思いながらも、これがぼくのいつものスタイルである。

すでに描きたいかたちは、その人の中にあって、アイマスクをしていても、目が見えなくても印象は描けるというのが西村先生の考えだろう。
だから、むしろ確認ができない方が、大胆に思い切って描けるということなのだ。
そのことは、目の見えない人においても、同じように作用するということなのだろう。
このあたり、ぼくの考えは西村先生と少し違っている。

目の見える人は、アイマスクをして、いろんな意味で気持ちが解放されて自由になれるという側面があるだろう。
しかし、目の見えない人が、始めから心や気持ちが解放されているとは思えない。
見えない人にも、アイマスクをすると同じような解放のきっかけが必要ではないだろうか。
もしそのきっかけがないなら、大きな紙と鉛筆を渡されても自由にはなれない。
ぼくは、そのきっかけを捜しながら絵を描き続けてきた。
あるいはその契機は、ぼくがアート的なものに接してきた長い時間にあるのだろうと思う。
もし、今回のワークショップの中にそれを求めるとしたら、この後おこなわれた豊田さんの感覚をひらくワークだろう。
(続く)

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