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2007.01.14

こんなものを探し出しました

アウトラインエディタを使って、古い文章を整理していたら、こんなものを見つけてしまった。
もう、10年以上前のものだ。絵を描き始めた頃で、まだその頃は、絵の話しをするような余裕はなかった。
点字のこと、手引きのことなど日常生活で困っていることや、工夫していることなどを話していたように思う。
とても緊張して学校に向かっていたこともわかる。この頃は、かなり力も抜けて余裕が出てきたかな。
よかったら読んでみてください。

■中学訪問記

光島 貴之

 前号で、ぼくの中学訪問について加藤さんから報告いただきました。
 ぼくは、筆が遅いというのか、出来事をすぐに文章にすることができません。しばらくして、気もちが静まって客観化できるまで、暖めておくのが習慣になっているようです。今回もそのごたぶんにもれず、やっと書き始めました。

 その日は、いつものおまじないをすませ、まちあわせの竹田の駅へ向かった。おまじないというのは、北大路駅のミスタードーナツでホットコーヒー、そしてオールドファッションというおきにいりのドーナッツを食べることだ。少し気分をハイにして、緊張感をより高めるというのが、何かある時のおきまりのパターンになってしまった。それにしても、最近は何かあるごとに、緊張感が以前よりうんと高まるのを感じる。
 15、6年前には普通高校の教壇に立ちたいと思い、大谷高校で教育実習をしたり、小学生や高校生の前で話したことも何度かあった。でもその頃はそんなに緊張しなかった。言いたい放題をぶっつけていればよかったのだろう。しかし最近は、相手がどう感じるか、どういうふうに受けとめられるかということがやたらと気になる。それが緊張の原因だと思っているのだが……。
 そして今回も、近づくにつれて緊張感が増し、やっぱりことわった方がよかったなあ、と思う日々が続いた。

 まず、話をすることになっているホールにパソコンをセットし、校長室で生徒の迎えを待った。ホールまでの直線距離は歩いて20秒ぐらいだった。しかし、事前の打ち合わせで手引きを実践してもらうことになっていたので、わざわざ遠回りをして、階段を上がったり降りたりしてホールにたどりつく計画になっていた。
 各クラスの代表と思われる男女二人ずつがやってきて、交代で手引きしてくれた。初めは、ぼくにさしだす手を棒のようにしてそろそろと歩き出す。こちらから少し話しかけて、名前など聞いたりしているうちに手の力が抜け、自然体になってくる。あまりからだに力が入っていると、微妙な動きがこちらに伝わってこないので、かえって歩きづらいことがある。大人の場合は、ずっと棒になったままの人が多い。やっと調子が出てきたところで、もうそのときには選手交代である。話し始める前に、こうして生徒と直接接しておくと何となく親近感ができて、ぼくの緊張感も適度に和らぐようだ。

 1時間話し終えて、控室で昼御飯を食べていると、生徒たちがやってきて、いろいろしゃべっている内にそのまま5時間目になだれ込んでしまった。
 午後の時間は、いくつかのホームルームに入ることになっていた。本当に点字に興味を示してくれるのだろうか? 担任の先生の思いだけが先走っているのでは? などとちょっと心配していたが、思いがけず活発な展開になったので安心した。点字の書き方と読み方を簡単に説明し、もう一つのクラスへいくと、様々な質問が待ち受けていた。4時間目の講演では話しきれなかったぼくの趣味についてなど、言い残したことを十分聞いてもらえた。
 そして、また初めのクラスへ戻ると、4時間目に配った「府民便り」を読んだ生徒、携帯点字機で2、3行の文章を書き終えた生徒が順番にやってきて、ぼくが点字を触りながら声を出して読み上げるのをふしぎそうに見つめていた。
 あっという間に中学での2時間が終わった。日常の鍼灸の臨床では味わえない緊張感と活気に満ちあふれた楽しい一時だった。
 帰りには、加藤さんに鰯料理をごちそうになり、ぼくには分からなかった生徒の反応なども教えてもらった。そして、ほろ酔い気分で地下鉄に乗った。ここまでしっかりフォローしていただけると、また引き受けてもいいなあとつい思ってしまう。

 10日ほどして、1通の大きな封筒が届いた。中には10枚ほどの点字の感想文と。フロッピーに「一太郎」で書いた生徒と担任の先生の感想が入っていた。ぼくが言いたかった、「障害者をふつうの人間として受けとめてほしい。りっぱにがんばっているとか、あるいは別世界の人であるとかではなく……」、「視覚障害者に出会ったらぜひ声をかけてほしい」などちゃんと伝わっていることが分かってうれしくなった。
 ぼくは、点字で3枚ほど(約1,400字程度)の返事を書いた。「ぼくの息子(小学5年)が、中学はどうもこわいところらしい、と思っているようだがみなさんの中学生活を教えてほしい」という質問もそえておいた。この手紙を発送してから、いじめのテレビ報道が盛んになった。そして、クリスマスの頃に再び中学からのフロッピーと点字の手紙が届いた。
 ぼくの書いた点字は何人かで分担して解読し、清書したものをコピーしてみんなに配ってくれたらしい。さすがに点字の手紙の数は減っていたが、フロッピーには楽しい中学生活という内容が満載されていた。フロッピー(テキストファイル)で十分やり取りができることが理解されたようなので、点字の手紙が減っていることにはガッカリしなかった。むしろ、「楽しい楽しい中学生活」というのにひっかかった。息子を励ましてやろうという心遣いであるのだろう。まあ学校で書くのだから、本音がかけるわけはないなあと思いなおした。

 気になっていることが一つある。ぼくが、学校へ行って話すとなるほど興味を持ってくれる。だが、身近にいる障害児に対しての理解は深まるのだろうか? ぼくの息子もいぜん、アトピー性皮膚炎のひどい人を見て、「気持ち悪い。お化けみたい」と言ったり、知的障害の人に「あの人アホか?」と平気で言ったりする。
 ある時などは、どこかで「めくら」という言葉を覚えてきて、おもしろがってぼくの前でしきりに言う。「そんな言い方はいやだから止めてほしい」と、十分話し合ったつもりが、また明くる日には同じことを言っている。あきれてしまってどうしようかと思ったことがあった。
 好き嫌いの感覚はどうしようもないと思うけれど、人を傷つけたり。嫌がらせになることはしないでほしい。そんなかんたんなことがなかなかうまく伝わらない。父親が全盲であり、自らも弱視である息子、普段の生活ではなにげなく手引きをしたり、気を使ってくれて優しいところもある。しかし一方では、授業参観には一人できてうろうろされては困ると言い、杖をかたずけてほしいと言う。子どもというのは難しいものだ。

 今ぼくは、受験を前に忙しくしているらしい中学3年生に対して、なにを書こうかと考えながらキーボードに向かっている。きっとあまり難しく考えなくていいのだろう。中学生活のほんのひとこまに、目の見えへんおっさんがきてパソコンつこたり、むりやり手びきさせよったり、点字をポツポツ書いて、文通みたいなことしておもしろかったなあ! そんな感じで憶えていてくれれば、と気分を楽にして手紙を書き始めよう。


1995年1月7日

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