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2007.06.18

お知らせ 「動くアート」

昨年は、ぼくも参加させてもらいました。
体を動かす気持ちよさを感じましたが、今年はどうしよう。ちょっと予定が合わないかも……。

座談会 + ワークショップ
 第2弾!!

○「アートでつなぐ」をテーマに連続して行われている企画の一環として昨年好評を得た「動くアート」の第2弾です。
ナビゲーターとしてコンテンポラリーダンサーとして活躍されている黒子さなえさんを招いて、身体を通しての表現を体験します。
また、DANCE & PEOPLE を率いる五島智子さんにも加わっていただいて、「身体を感じること」「表現すること」「つながること」といったテーマで語りあいたいと思います。
ぜひともご参加下さい。

語り手  黒子 さなえ  五島 智子 (ダンサー)
聴き手  假家 素子         (臨床心理士)

日時    2007年7月7日(土)午後1時30分 〜 3時30分
場所    立命館大学創思館2階 トレーニングルーム2
定員    20名(先着順)
申し込み  立命館大学 心理・教育相談センター
               TEL 075-466-3430
参加無料
※当日は動きやすい服装でお越し下さい。

主催 立命館大学応用人間科学研究科 
共催 立命館大学心理・教育相談センター ・人間科学研究所

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2007.06.14

エレベーターの中で

コメントで手引きの話題が出ていたので、こちらで話題にさせてもらいます。
(たねさんのコメントは、「美術に関心のない人も」からこちらの方に移動させてもらいました)

一人で街を歩いていると、ときどき「だいじょうぶですか?」とか、「どこまで行きますか?」などと声を掛けられることがある。
ぼくは、これをなんぱされると呼んでいる。

若い頃は、30代頃までは、そういうとき、かなり緊張してガチガチになっていた。
この間、地下鉄の最終ぐらいで北大路駅に着いたときのことだ。
ホームの中程で降りて、歩き出そうとしたら、

「改札ですか?」と声を掛けてきた男性。
40代ぐらいだろうか。そのとき、ぼくは片手に手提げ袋を持っていた。
いつもなら「お願いします。腕を持たせてもらっていいですか?」
と言って、腕に捕まらせてもらうことが多い。

ところが、手提げ袋で手がふさがっていたので、「はい」と応えたものの、
次の動作に移れなくて、緩やかにその人に沿うように歩いていた。
「こちらですよ」と案内されたのは、エレベーターの入り口だった。

ドアを開くボタンを押してくれて、どうぞと言いながら、その男性の手がぼくの肩に乗せられた。
男性からは遠い方の肩だったので、肩を抱かれるような感じになって、エレベーターの中に誘導された。
ドアが閉まると、酒の匂いがしてきた。
何かこれやばんいんちゃうっと思いながらその手はそのまま肩に乗せられていた。
わずかな時間だが他にはだれも乗ってなかったので、妙な雰囲気だった。

ドアが開いて、そのまま押されるように外に出た。
ちょうど点字ブロックに差し掛かったので、後はわかりますからと言って少し早足で歩き出した。
改札を出てからその男性に再び捕まることはなく、いつものように家まで歩いて帰った。

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2007.06.06

透明人間

午前中、鍼の仕事が暇だったので、早めのお昼にしようと自宅へ向かおうとしたときのことだ。
治療院の鍵を掛けようとしたら、何か化粧のいい匂いがしてきた。
近くに女性が居るんだろうなと思った。

治療院の前の通りは、堀川通りで車の行き来が激しい。
なかなか人の気配を感じるような静けさではない。
鍵をかけて、郵便受けを空けて中を確認するのがいつものパターンなのだが、郵便受けの隣に診療時間などが書いた看板がある。
きっとこの匂いの持ち主は、診療時間や電話番号を見ているのだろうと想像して、少し鍵をかける動作をゆっくりしていた。
そして、おもむろに郵便受けに手を伸ばしたころに、その匂いが消えていった。

特に足音もしなかった。ひょっとしたら、通り過ぎただけの人の匂いを勘違いしていたのだろうか。
音ならその位置をリアルタイムで確認できるが、匂いは少し時間差で漂ってくる。
そんなに敏感な鼻でもないので、あまり自信はない。
敏感な嗅覚の持ち主だと、匂いのラインとか、重層的な匂いを判別できるということを聞いたことがあるが。

ちょっと女性に敏感になっているだけかもしれないなぁと思いながら
もし治療に関心を持ってくれている人なら、欠かさず鍼灸院のチラシを渡せたのにと思いながら昼ご飯を食べた。

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2007.06.03

美術に関心のない人も

お知らせでも案内していた、ビューの鑑賞ツアーが終わりました。
今回は、ぼくのわがままを聞いてもらい、ギャラリー巡りができた。

いつもは、鑑賞する絵を点図にしてもらっているが、今回は、代わりに近美周辺の点図の地図を作ってもらった。
かなりいいできだ。言葉によるアクセスマップ作りで、歩き回った街だが、
こうして点ずの地図を触っていると、改めて街が自分の中に入り込んできたのを実感した。
言葉で書くと永遠と続く道だが、A4の点字用紙1枚でこれだけの情報が提供できるのだ。
図というのは、すばらしいものだ。

今回のぼくのチームは、Tさんという美術系大学を出た女性と、
Iさんという、「どちらかというと美術には興味がない」という変な自己紹介をした女性(この謎は後に解ける)と、3人で行動した。
まず、どこに行きたいかを話し合って出発

ぼくは、どうしても近美でやっている日本画の「福田平八郎展」でいくつかの作品を鑑賞したいと思っていた。
なぜなら、1週間ほど前にやってきた患者さんがこの「福田平八郎展」の話しをしていたからだ。
もう古くからのお付き合いで、20年ぐらい鍼をさせてもらっている。
80になる女性だが、美術やクラシック音楽に詳しい。
特に『水』と、瓦を描いている『雨』という作品は、日本画を飛び越えたような作品だと言っていた。

それで今回ぜひその作品をビューしてみたくなったのだ。
風景画ではなく、瓦とか水そのものに迫る描き方は、何かぼくの感性にも通じるようだ。
というか、ぼくも改めてこういう描き方をしてみたいと思った。
後からみたピンフォール写真は、広角でものを捕らえているようだが、その対局に位置する描き方なのだろう。
とにかく患者さん、今日の2人と会わせて3人から絵を説明してもらったことになる。
年齢層も幅広く、だからこそ伝わってくるものがあったように思う。

鍼をしながら聞いた話しは、それなりにぼくの直感を突き動かした。
しかし、絵を前にした対話は、子どもの頃、2階の子ども部屋から瓦屋根におそるおそる足を下ろして太陽のぬくもりを感じたあの幸せな気分を思い出させてくれた。
たぶんぼくの一人勝手な絵の解釈は、まだぬくもりのある瓦屋根に雨がポツリ、ポツリと降り始めたときの印象なのではないだろうか。

美術館を出て、疎水沿いにギャラリー16へ。
ここでの内容は省くが、作家もおられてコンセプトなどを聞けた。ギャラリーならではの醍醐味だ。
続いてはねうさぎへ。
じつは、この間からやっていた「ネットで展覧会」を見てくれたオーナーから、ぜひ9月に個展をやりましょうという声を掛けてもらっていた。挨拶も兼ねての訪問となった。

ここは、二部屋ともピンフォールの作品展だった。
写真を前にして、3人の会話が始まった。
Tさんは、魚眼レンズのようですねという。
「広角で視野が広いんですね」と、ぼく。

「写真の中心になっているところは?」と聞いてみる。
「中心はあるんですが、そこからの広がり具合が独得です」とTさん。
「ううん。難しいな」と、ぼくは、少し困惑する。

そのときIさんが、
「なんて言うか、シャーって感じ」
思わずオノマトペを口にしてしまったIさん。
「しまった!」という感じが伝わってきた。
しかし、ぼくはその瞬間「わかった」という感じになった。

この擬音語・擬態語というのはなかなか効果的だ。
しかし、あくまでもライブ感のあるときにだけ有効なように思う。

最後は、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、感想を話し合った。
Tさんは、大学時代にギャラリー巡りをしていたときのことを思いだして、血が騒いできたと言っていた。
Iさんは、代表の阿部さんの友人で、何となく誘われるままに参加したのがきっかけでビューの鑑賞がやみつきになったと言っていた。
「特に美術には興味はないけれど、みんなでおしゃべりしながらダンダンその世界に入り込んでいく。一人ではけっして見ないだろう世界を見ることが楽しい」
と言う。こういう人もいるんだなぁと初めて知った。
ビューに来る以上、何かしら美術に興味がないと無理だろうと思っていたのだ。

そこでさらに謎が解けた。
最近、阿部さんが書いているビューについての文章を読ませてもらう機会があった。
「美術に関心のある人もない人も」という表現がよく出てくる。
「えっ! 興味のない人にも鑑賞してもらうの?」と、ぼくはとても懐疑的になっていたのだ。
それが今日のIさんの言葉で謎が解けたような気がした。
美術にまったく興味のない人にも、ビューの間口は開いておく必要があるのだ。
コミュニケーションに関心のある人なら、だいじょうぶだということだ。
では、しゃべるのが苦手な人はどう?

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