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2007.06.14

エレベーターの中で

コメントで手引きの話題が出ていたので、こちらで話題にさせてもらいます。
(たねさんのコメントは、「美術に関心のない人も」からこちらの方に移動させてもらいました)

一人で街を歩いていると、ときどき「だいじょうぶですか?」とか、「どこまで行きますか?」などと声を掛けられることがある。
ぼくは、これをなんぱされると呼んでいる。

若い頃は、30代頃までは、そういうとき、かなり緊張してガチガチになっていた。
この間、地下鉄の最終ぐらいで北大路駅に着いたときのことだ。
ホームの中程で降りて、歩き出そうとしたら、

「改札ですか?」と声を掛けてきた男性。
40代ぐらいだろうか。そのとき、ぼくは片手に手提げ袋を持っていた。
いつもなら「お願いします。腕を持たせてもらっていいですか?」
と言って、腕に捕まらせてもらうことが多い。

ところが、手提げ袋で手がふさがっていたので、「はい」と応えたものの、
次の動作に移れなくて、緩やかにその人に沿うように歩いていた。
「こちらですよ」と案内されたのは、エレベーターの入り口だった。

ドアを開くボタンを押してくれて、どうぞと言いながら、その男性の手がぼくの肩に乗せられた。
男性からは遠い方の肩だったので、肩を抱かれるような感じになって、エレベーターの中に誘導された。
ドアが閉まると、酒の匂いがしてきた。
何かこれやばんいんちゃうっと思いながらその手はそのまま肩に乗せられていた。
わずかな時間だが他にはだれも乗ってなかったので、妙な雰囲気だった。

ドアが開いて、そのまま押されるように外に出た。
ちょうど点字ブロックに差し掛かったので、後はわかりますからと言って少し早足で歩き出した。
改札を出てからその男性に再び捕まることはなく、いつものように家まで歩いて帰った。

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日記」カテゴリの記事

コメント

「触覚はそれ自体コミュニケーション」、その通りですね。
これいただきます。どこかで使うやろうな。

手引きとフェミニズムの問題で、レポート書くとおもしろそうですね。
あまり聞いたことがないように思います。こういう手引きする側の感覚は、あまり重視されて来なかったようです。
それにしても、腕より肩の法がいいというのは、たねさん固有の感覚ではないですか?
女性の肩に手を乗せるのは、失礼だと思ってきましたが……。
もし他にもこのコメントのやりとりを読んでいる人あったら、どうぞご意見下さいね。

投稿: 光島 | 2007.06.20 09:39

職場のひとが痴漢(性暴力)にあった知らせを職場ニュースで今日しりましたたねです。
やはりこういうのを聞くと生理的に「腕つかまれたりしたくないなあ」と感じてしまいます。見えない人のせいではありませんが、女でもある私の感覚なんですね。だから私はヘルプするなら腕をつかまれるより肩を持ってもらった方が楽です。

私はガイドヘルプは移動の権利とコミュニケーションの権利という二方向から考えています。
例えば公的な場でヘルプを頼まれたら、私は引き受けるかもと思います(ただしレベルは高くありません)。しょうがい者の権利を認めているからです。そういう場合の私はボランティアとして契約とわりきります。他の例としては、車イスを押して病院まで行くとか、イベントの設営補助(まあ、そうじですが)とか、お年よりの入浴介助とかです。

それ以外(なりゆきとか、偶然とか)は、私にとってはコミュニケーションです。声をかけるほうがいいのか、声をかけられたけど嫌だと思うけどどんな人かな、いけそうかな、とか、いろいろ考えます。そして腕を持ってもらうと「ああー」とか思うわけです。やっぱキツイわと(笑)
触覚というのはダイレクトに相手の感じが伝わり、こちらの感情も知られてしまうような感じなんです。触覚はそれだけでコミュニケーションだと思います。
私としては見栄もあり(笑)、周りの障害物にイライラした気分をさとられたくないですし、ヘマもかくしたい。安全も考えないといけない。後ろからは「なにか歩くリズムが合わないな」と思ってるしょうがい者の感情が腕から伝わってくる。発する声もとがってきて、それがまた自分で気になる。
ちょっとワンクッション欲しいな、すると余裕もできるのに。だからハーネスなんです。

黙ってガイドしてる人は自分の中に入ってくる情報で手がいっぱいなんだと思います。
世間話しながらガイドできるようになるには経験とか余裕がいるでしょう。

投稿: たね | 2007.06.20 03:53

こういうかたちで話しが進んでいく(対話型鑑賞に似てますね)のは、なかなかおもしろいですね。

たねさんの言うガイドヘルプは、コミュニケーションの手段と言うよりは、移動の自由の問題だと思います。
「いかなる障害においても、それを理由に移動の自由が束縛されてはならない」
というような理念があると思います。
でも今たねさんが言われているのは、公的な場面の問題ではなくて、偶然街で遭遇したときとかの問題ではないのかな。

ぼくは、たまたま手引きしてもらったときに、気まずい思いをするときと、かなりスッキリした気分で別れるときとがあります。
気まずいときというのは、「私はガイドヘルパーの勉強をしましたよ」という雰囲気を漂わせていたり、
「やたらと見えなくて大変でしょうにね。かわいそうに」なんて言葉を連発する人か、
ひたすら黙って手引きしてくれる人の場合です。

かなりいい気分で別れるときというのは、
たわいもない話しができたり、お天気の話しでもしてさりげなく別れるときです。
むかしはこの2つの区別が付かなくて、「もう手引きなんかしてほしくない!」ってぼやいていた頃もありました。
で、そういう感覚は、受けるが和田ではなくて、手引きをしてくれる法にもあるんだろうなと、最近は考えるようになりました。
「かわいそうに」と思いながら手引きしてくれた人は、それなりに満足感があるでしょう。
でもぼくはちょっとイヤな顔をしているかもしれない。それを見てイヤな気分になってる人もいるかもなぁ。

投稿: mitsushima | 2007.06.18 18:02

しょうがい者権利条約には、コミュニケーション手段はしょうがい者自身が決める権利がある、という一項があるそうですね(今知ったばかり)。
だとすると、ガイドヘルプは当たり前のことなんですけどねー。
うーん、多分私の場合、そこにいたるまでの二者のコミュニケーションの積み重ねを必要としているのかもしれません。(これは自分のネタになるので人にはバラしませーん)。
いろいろ行事の後のときに、わざわざ一項目たててくださってありがとうございました。

投稿: たね | 2007.06.18 01:56

たねさん、
 少しぼくの方は、気分が滅入っていてコメントをサボっていたら、
その間にちゃんと実験していたんですね。
手引きをする人からの感想や意見は珍しいのでおもしろいです。
手引きされる側のマナーとして教えられたことがあるのは、肌に直接触れるのは失礼な場合もあるので、ハンカチをあてて、腕を持たせてもらうようにと言われたことがあります。
でもやってないなぁ。
マラソンの伴走のときには、ロープのようなものを使うのではなかったかな。

たしかに堅いものの方が動きがわかりやすいですね。
だから、親しい男性なら肩を持たせてもらうこともありますね。

投稿: 光島 | 2007.06.14 20:43

このコメントは、たねさんから「美術に関心のない人も」に寄せられたものです。
話題がずれるので、こちらの方に引っ越しさせていただきました。
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一週間ガイドヘルプについて実験したたね(自画自賛)です。(なお、協力者は目の見える人です)
結論。ハーネス欲しい。なんで犬にはあるのに人用はないの?差別~。
私が使ってみたのは、
1.500mlペットボトルの円筒の部分を縦に切ってビニールテープで切り端をカバー。腕に巻いて持ってもらう。→かぱかぱして手触りが悪い。感覚が伝わりにくい。しかし、持ってもらうがわ(私)のほうはビンビン感覚が伝わるより楽。
2.腕に弾性包帯をみつあみにしたものをつけて持ってもらう。→ダメ。双方不安。しょうがい者マラソンの二人はどーしてるんだ?
3.リュックのサイドポケットを握ってもらう。→持ち手としては布だから持ちにくいが割りと体の動きがわかるらしい。こちらも両腕があくのでいい。しかしいつもリュック背負わないしなー。
で、どうも体幹の動き(ケンコウコツとか)がわかるほうがよさげ。盲導犬だって肩の筋肉の動きが伝わるようなハーネスじゃん。
なので。ガンベルトみたいに体にたすきがけ(じゃなくてもいいけど)にして、それに手触りがよい手摺がついてるようなハーネスできないでしょうか?色はカラフルにして形状記憶素材とか使うの。今時白杖なんて無視ですからね。
うーん、妄想ですかねえ。

投稿: 光島 | 2007.06.14 20:16

以下のコメントは、たねさんから「美術に関心のない人も」に寄せられたものです。
話題がずれてしまうので、こちらの方に引っ越しさせていただきました。
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ホントは自分のプロジェクトをやらんといかんのにサボるたねです。
ガイドヘルプに抵抗があるのは、
1.私の身体の自由を制限されるため。これはガイドヘルプにかぎらず、腕を組むのでも抵抗がありますし、混んだ列車、バスになかなか乗れない(パニック障害が出る)とか、不意に触ってくる人を乱暴にふりはらう行動に出るとかにも表れます。根源に私が虐待児だったことがあり、後遺症でしょう。ちなみにこのネタはなんら同情すべきことではなく、すでに自身でネタにして文章書いちゃってるので興味がある方は買ってね♪
2.これはコミュニケーションの課題なのかもしれませんが、ガイドヘルプをしてくださいとはっきり言われないのになぜヘルプしなければならないのかわからない。例えば「見えない人は下手でも手引きをしてもらえると安心できるので、少してつだってもらうことがあります。そのかわり見えないのはこういうことってわかるかもよ」的なレスが欲しい。マジョリティ感覚丸出しなのは承知ですが、「やってくれ」と言われない事をなぜ当たり前のように「やってあげる」のか不明。それこそ「ボランティア(爆)」
3.旧ライトハウス内で何度も道に迷った経験があるが、「どう行ったらいいですか?」との私の必死の質問(とにかく出口まで行き着けないほどの方向音痴なたね)に、四人の職員(全て全盲)が「わからん」との返事。せめて「真っ直ぐ行ってまた聞け」くらい言ってくれたらいいのに!
こっちはクロックアプローチとかいろいろ習って、こころしてやらないといけないと思ったのに。
今なら「二つの文化間のコミュニケーションのとりかたの課題」と思いますが、私的には「おぼえとけよ~」と思っています。

投稿: 光島 | 2007.06.14 20:13

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