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2008.03.20

ゴルディアナホテル(2/22)

さて、20分遅れで出発したプノンペン行きの飛行機だが、空港には、約束通りハンナが迎えに来ていた。
持ち込んだパネル6枚(作品だが)とスーツケースをピックアップ。
迎えに着ていたのは、トックトック(バイクの後ろに幌付きの2輪車が連結されたもの)
プノンペンの空気を味わいながらホテルに向かう。
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日本では、車に乗せてもらっても、窓を全開にすることはないし、スピードも速い。
トックトックは、時速30キロも出ないぐらいのスピードだ。
バイクや車にドンドン追い抜かれる。しかし、街の匂いや賑わいが伝わってくる。
ほこりっぽくて、煙の匂いや煮炊きも野の匂いが漂う。
何かを焼いている匂い。警笛、人の話し声。
何かなつかしい街の感じだ。後から舟橋さんと話してわかったのだが、日本の昭和20〜30年代の雰囲気らしい。

ぼくは、生まれつきの視力が弱かったので、景色というものを鮮やかには覚えていない。
匂いや音がなつかしさを呼び起こしてくれるのだろう。

さて、到着したホテルは、聞いていたところとは違っていた。
とりあえずの打ち合わせの場所かと思っていると、部屋の鍵を渡される。
出発前日に知らされたのは、プノンペンで一番いいホテルと言われているインターコンチネンタルだったのだが……。
変更になったとも、何の断りもなく、ハンナとの打ち合わせはドンドン進んでいく。

後に判明したのは、インターコンチネンタルには、日本の別のグループが泊まっているということだった。
このいきさつは最後まで謎のままだった。

暫くすると、ぼくたちに450ドルガ渡された。何度も確認したが、昼食と夕食代にするようにとのことだった。
これは、滞在中のパーディアム(パフォーマンス系のアーティストに支払われることの多いらしい日当)だったのだ。
始めにも最後にもこれだけ。しつこいが、作品借用量とか制作費、ワークショップの謝礼というようなものは、一切なし。
それでも飛行機代と宿泊費はもらっているわけだから、契約書とか、説明さえあれば何の不安も持たないのだか。
契約書は、明日渡すと言われたが、最後までお目に掛からなかった。
今から考えてみると、1月中頃から、ずっとらいしゅうには契約書を送るという返事が何度も送られてきていたのだ。
この国には、──障害者に対してはかもしれないが──契約書なんて存在しないらしい。

とはいえ、ぼくたちは、物価の安いカンボジアで大金を手にして優雅な食事を楽しむことができた。
2人でネパールの料理を腹いっぱい食べても15ドル程度で治まる。デザートとチャイ付きだ。
宿泊先のホテルで一人でビールと何か1品、例えば、グリーンカレーなど食べても5ドルぐらい。

ホテル周辺には、カンボジア料理はもちろん、インド料理屋フランス料理(なぜかこの店ではパスタを食べたが)や、ネパール料理の店などがあった。


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2008.03.18

カンボジアへ(2/22)

2月21日の夜、正確には、22日の午前1時25分のタイ航空でカンボジアへ向かいました。
バンコクで乗り換え。ここで予想できないようなことが起こった。

今回は、おてらはうすでも二人展をやった舟橋さんに同行してもらった。
彼は、ヘビースモーカー。
当然機内は禁煙。プノンペン行きの飛行機に乗る前に何としても一服。
しかしバンコクのスワンナプーム国際空港はとても広いようだ。乗り換えのE14ゲートまでは遠い。動く歩道を3階ほど乗り換えてさらに4階へ。
やっとゲートが見えたところで、彼は、喫煙コーナーを探し始めた。2階にあるというので、ぼくも一緒に2階へ。
ぼくは、吸わないので、ベンチに荷物を下ろして休憩。

ところが、いつもだと5分ぐらいで戻ってくるのに、15分、30分しても帰ってこない。
さては、ぼくを置いておいしいコーヒーでも見つけて飲んでいるんだろうなんて思っているうちに、1時間が過ぎると、さすがに焦ってきた。
フライトまで30分。喫煙コーナーで麻薬の売人に声を掛けられ、そのまま誘拐でもされたのでは……。
と、最悪のシナリオを考えるようになる。
でもぼくが、動いてしまってはややこしくなる。

ぼくは、関空を出たときのジャンバーをリュックにしまい、杖もたたんでリラックスしていたのだが、さすがに後20分というところで動き始めた。
しかし、少し前まで賑わっていた周囲は静まりかえっている。
遠くの方で、お皿を重ねるような音が聞こえているだけで、話し声が全くない。
誰かに声を掛けて、覚えている「E14」に連れて行ってもらわなければ。白杖を持って歩き回ればだれか声を掛けてくれるだろう。

リュックを肩に掛け、さっき降りてきたエスカレーターの登りを探すためにも、ぼくは宛もなく歩き始めた。
声を掛けようにもどちらに向かって何と呼びかければいいのだろう。
日本でなら、「ちょっとお願いします」なんて言うところなのだが、英語では何と言えばいいのだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、椅子の背にぶつかった。その衝撃で気付いてくれたのか、ひとりの女性が声を掛けてくれた。

とにかくぼくは、
「I lost my friend. Please take me E14.」(正しい英語ではないと思う)
最初の女性は、英語が話せないようで、近くにいた男性に引き渡してくれた。
その男性は、飛行機のチケットを見せるとドンドン歩き始めた。
エスカレーターで、上に向かったので安心していたが、どうもゲートがわかりにくかったようだ。
そうこうしているうちに、日本人男性が声を掛けてくれてゲート近くまで連れて行ってくれた。
そこで、空港の係員にキャッチされたというわけだ。

「Don't worry.」
と、いきなり言われたのを覚えている。

よく考えてみると、まだ手荷物検査を済ませていなかった。
乗り換えだから、もう一度手荷物検査をしてパスポートを見せて、それから搭乗口に向かわなければならなかったのだ。
すぐにでも機内に入れると思っていたから、ギリギリまで動き出さなかったのだが、
せめて30分前には行動開始していなければならなかったわけだ。

まあ、しかし、パスポートもチケットも自分で持っていてよかった。
もし彼に預けていたら、ぼくはどうなっていただろう。
チケットやパスポートを2人分まとめて見せることが多いので、つい手引きしてくれる人に預けてしまうことがある。
いつも迷子になることを想定して行動する必要がある。

ところで彼はどうしていたかというと、一生懸命ぼくを捜していたのだ。
彼は、タバコを吸い終えて、ぼくを捜しに4階に上がったという。
2階に待たせていたことをスッカリ忘れていたようだ。寝不足とニコチン切れは、彼の頭をもうろうとさせていたようだ。

4階を捜してもいないので、パニックになったという。そして警備員にぼくを捜してくれるように頼んだ。
伝えられたぼくの特徴は、関空での服装と白杖。
でもぼくは、服を着替え、杖をたたんでいたというわけである。

彼は、登場手続をして、先に乗るように言われたらしいが、
頑として断り、「ぼくをここで待つ」と言い続けてくれたらしい。
おかげて、一緒に予定通りの飛行機に乗ることができた。席に着いて時計をみると、20分もフライトの時間を過ぎていたのだった。

*いきなり、同行してくれた舟橋さんの悪口のような話しから始まるが、
どうしても、カンボジアの波乱含みの11日間を語る上で、はしょることのできない思い出なのである。
舟橋さんは、英語でいろんなやりとりを助けてくれたり、写真を撮ってくれたり、浮き沈みの多いぼくの気分を和らげてくれたり、本当に苦労を掛けたと思う。
改めてありがとう。

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2008.03.13

ミュージアム・アクセス・ビュー 鑑賞ツアーのご案内

いつものことながら、みえる人の参加が少ないようです。申し込みお待ちしています。
私事ですが、新しくポストカードを9種類作りました。もしご興味のある方、当日持って行きますので、お買い求めいただけるとうれしいです。

'ミュージアム・アクセス・ビュー 3月鑑賞ツアーのご案内'

「心のふるさと」展(京都市美術館コレクション展 第3期)
2008年 3月20日(木曜日、祝日)

*展覧会会場    京都市美術館
(左京区岡崎公園内)075-771-4107

*参加募集人数   見えない人/見えにくい人 10名
見える人 20名
*参加費      400円(入館料含む)
*集合場所     京都市美術館入口
*集合時間     13:30

■申込み/問い合わせ
・ミュージアム・アクセス・ビュー(阿部)まで
携帯電話 080-5352-7005
(留守電の場合はこちらから連絡します。
当日の緊急連絡もこの番号へ)

・メールアドレス
museum_access_view@yahoo.co.jp
(受付後、折り返し確認メールを送ります)

心のふるさと」展は、誰でもが帰るべき場所、ホームシックになって
郷愁がつのる場所、あこがれのイメージする場所などを、画家たちが想い
描いた風景画 約100点のコレクション展です。

日本画、油彩画、水彩画のほとんどの作品は昭和時代に描かれたもので
すが、明治、大正のものもあります。古都である京都を中心とした風景
(洛北、洛西、洛東、洛南など)から始まり関西の風景、さらに
は中国、ヨーロッパなどの海外風景もたどれます。

風景を描くことは、画家が自分自身を起点としての遠近感での関係性で
しょうか。観る人たちはそれぞれが大切に持ってる心のふるさとに似た
四季風景をなつかしく楽しめるでしょう。

展覧会場は、日本の代表的な童謡、「あの町この町」(野口雨情)や
「この道」(北原白秋)などの、子供時代に歌った感傷メロディーが
流れてくるような雰囲気です。きっと、参加者みなさまと共に
「ふるさと絵画」を通して、おたがいのふるさと談義へつながっていくことでしょう。

では、「春分の日」にふさわしい展覧会へのご参加をお待ちしています。

続きを読む "ミュージアム・アクセス・ビュー 鑑賞ツアーのご案内"

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堺むつみ個展

ビューの鑑賞ツアーにも参加してもらっている、大阪の堺むつみさんの個展の案内です。
いつも、エンボス加工した触れるDMが届きます。
ぼくは、今週の金曜におじゃまする予定です。
触って鑑賞できる作品だそうです。

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堺むつみ個展
3月10日〜22日  11:00〜18:00(土曜日17:00)
(日曜休廊)
信濃橋画廊5、
大阪市西区西本町1-3-4陶磁器会館B  地下鉄四つ橋線本町駅20番出口
06-6532-4395

*火曜・水曜以外の15時から、在廊予定。
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2008.03.11

アルバムを作ってみました

9日、日曜にあざみ野から作品が帰ってきました。
 日通の美術運送で返却されてきて、検品して借用書を返却しました。
あたりまえのことだけど、カンボジアでは契約書も借用書もなかったので、改めてそのギャップに驚いています。
ぼくのように個人でやっているもの──アーティストの場合、たいてい、よっぽど売れている人で、マネージャーでもいなければ、個人かな)は、やっぱり権利を守るためにもめんどうでもこういう手続が必要だと思っています。
でも、まだまだ障害者アートと呼ばれるような福祉系の展覧会などでは、わざわざ契約書を交換するようなことが少ないようにも思います。
作業所とか施設で制作している場合も多いから、個人での契約というのが難しい場合もあるのかもしれないけど、社会的な活動として認めていこうとするなら、そのあたりキッチリしてほしいものです。

 さて、あざみ野での展覧会と、大丸でやったロビンさんとのコラボレーションの様子を
ブログのマイホトという機能を使ってアルバムにしてみました。
サイドバーの「Albumあざみ野」 「Album青色の木がカリンバを聴いてるよ」をクリックしてみてください。
感想もコメントでどうぞ。

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2008.03.07

カンボジアから帰国

カンボジアから無事帰ってきました。
知り合いの人が偶然同じ時期にプノンペンにいるというので、旅先での再会をもくろみましたが、見事失敗。
最大の原因は、宿泊先のホテルが、到着直後変更になってしまったからです。

なせ変更になったのかは最後まで不明。一応、ぼくが出品したり、ライブパフォーマンスをやるガソリナという会場に近いホテルということで納得しておくことにした。
当初、連絡されてきたホテルは、インターコンチネンタルホテル。調べてみると、プノンペンで一番高級なホテルとか。恐るべし日本財団!!と喜んでいたのだが、期待はずれだったというわけだ。
このあたりからけちのつき始め。
インターコンチなら、おいしいコーヒーが飲めたのにというのが、一番のねたみである。

まあ、ぐちはこれぐらいにして、改めて報告を書きます。
写真も舟橋さんから提供してもらうのを待って掲載します。

今は、とにかく待ってくれていた鍼の患者さんに精一杯の治療を試みているところです。
来週になると、少し余裕ができそうです。
とにかく熱さと、これぞアジアというカンボジアに圧倒されて帰ってきました。
今は、いつものコーヒーとウォッシュレットに感動しつつ、毎日を送っています。

いつも、日本にいると、ちやほやされることが多いので、たまにはこれぐらいの扱いを受ける方が刺激になっていいのだろう!!

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