« 「3331アーツ千代田──POCORARTオープニング企画展」 | トップページ | Twitterを始めてみた »

2010.03.30

靴下がわからなくて恥ずかしかった

「3331アーツ千代田」でのワークショップ終わりました。
見えない人も3人、総勢25人の参加となりました。
上海から6人、ソウルから3人。とても国際色豊かなワークショップになりました。
スタッフ・ボランティアのみなさま、お疲れ様でした。
船井さんも、体調の優れない中、他に展覧会も抱えながら、
連日の準備作業大変だったと思います。どうもありがとうございました。

今回、「視覚と触覚の交差点」を巡回させていただいたり、ワークショップで船井さんの最近作の一部を、板パネルでさわらせてもらったりする内に、改めて船井さんの作品が理解できていなかったことに気が付きました。
というか、分からないところがどこなのかが感じられてきたというのが正確ですね。
船井さんの作品には、たぶんグラデーションはない。
影も含めてかもしれないが、輪郭がはっきりしている。
だから、立体コピーにするにしても、言葉で説明してもらうにも取っつきやすい。
さらに船井さんは、聡明で、概念的な話し方ができる。
聞いているとついわかったような気になってしまってました。
似て否なるものとは、こういうものを言うのですね。
船井さんの絵は、misa funai 船井美佐
http://misafunai.com/

絵のやりとりをすると、その相手の人の絵が深くぼくの中に関わってくる。
例えば、1999年に「触覚連画」を始めたときには、
ぼくは、描かれているものの形が何であるかに注目してばかりいた。
靴下が描かれていても、それは、足に履くものであり、平面に置き換えられる画像としての予測すら不可能であった。
そして絵の靴下が認識できなかったことが恥ずかしくて仕方なかった。
確かあれは、ギャラリーTOMの近くにある松濤公園での昼下がりのことだったと思う。
中村理恵子さんから手渡された「触覚連画」のデータ(カッティングシートと立体コピー)は、何度さわり直しても靴下と言い当てることができなかった。

あの頃のぼくは、「触って理解できないものは、存在してはいけない」と思っていたのかもしれない。
そういう頭の固いぼくを解きほぐしていってくれたのが、「触覚連画」の人々だった。

それでもなかなか執着の強いぼくは、いつまでもそのものの形のおもしろさよりも、それが何であるかの謎解きに夢中だった。
2005年に船井さんから申し出のあった「視覚と触覚の交差点」においてもまだまだそのことを引きずっていたようだ。

結局謎解きではなく、そのものの持つ形のおもしろさや、風合いというようなものにも注目ができるようになったのは、
2002年あたりから始めたミュージアム・アクセス・ビューの言葉での鑑賞での熟成を待たなければならなかった。
世の中には、触れないものが氾濫していて、それらをいくら触れるレプリカにしてもすべてが指先から伝わっては来ないのだということに観念したとき、新たな地平が開けたような気がする。

そして今回船井さんの絵に改めて接してみて本当の船井さんの絵のおもしろさはまだぼくには感じ取れていないのだと気がついたのだった。
見える世界と見えない世界の共有は難しい。だからこそおもしろいのだ。
ますます船井さんの絵が好きになっている。
違いは違いのままおもしろさを感じとろう。
無闇な歩み寄りは危険だという予感がある。

安斎さんが書いている次のページの内容が、いまさらながらに腑に落ちた。
「触覚連画」発見の喜び
http://www.renga.com/anzai/netagora.htm

ぜひご一読いただきたい。

|

« 「3331アーツ千代田──POCORARTオープニング企画展」 | トップページ | Twitterを始めてみた »

ワークショップ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 靴下がわからなくて恥ずかしかった:

« 「3331アーツ千代田──POCORARTオープニング企画展」 | トップページ | Twitterを始めてみた »