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2010.11.30

インドカレーのヌーラーニ

昨日は、住吉のstreet galleryの搬出でした。会期中お越しいただいた方、芳名録に感想を書いていただいた方、どうもありがとうございました。

搬出の帰りに、白梅町のインドカレーの店ヌーラーニに行った。これは、ちょっとやみつきになりそうだ。いつもコーヒー豆を買いに行くカフェヴェルディーのマスターが書いている日記に引き寄せられて行ったのだが、
http://bit.ly/e6j4Zj

これは、本格的なインドカレーだ。メニューも豊富なので、いろいろ食べてみたいものがある。何度か行かないと。

市バスで南行き白梅町下車。そのまま南へ。一筋目を左(東へ)。50メートルぐらいだろうか。南側だ。カレーの匂いがしてくる。

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2010.11.23

作品に付けられた音

吉岡洋さんの同志社での講義の付録のような感じで、京都岡崎のギャラリー16へ、越田博文「風景のむこうがわ2」を鑑賞に行きました。吉岡さんと学生3人。いつものビューの言葉による鑑賞を試みました。1つの絵に対して対立するような感想や意見が飛び出すとワクワクしてくるのはなぜだろう。

作品には、そのパーツをイメージする音も付けられていました。抽象的な音楽で絵がさらに広がったように思います。

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2010.11.17

「みつしま通信」より

「なぞる展」と「足音 一歩 散歩」の案内です
 「みつしま通信」2010/11/17

ずいぶん案内が遅くなってしまいました。
仙台から帰ってすぐに神戸の展覧会の絵を描いて何とか8日に搬入しました。ほ
っとしたら気が抜けて、案内を送るのもおっくうになってしまいました。

神戸の「STREET GALLERY」での個展は、今月の28日・日曜の午後4時までです。
無人の通りに面したウィンドウギャラリーです。しっかりガラスケースの中に入
ってるので、触ることはできません。
足音 一歩 散歩: 窓を少し開けて
http://mitsushima.txt-nifty.com/notebook/2010/11/post-4b33.html

せんだいメディアテークは、12月26日までです。
12月11日にアートミーツケア学会というのがあって、その分科会で発表します。
15時から、17時30分までです。
ぼくの作品を体験してもらったり、美術鑑賞の方法などについて話し合ってもら
ったりする予定です。
「音と触覚で生活世界をなぞる」: 窓を少し開けて
http://mitsushima.txt-nifty.com/notebook/2010/10/2010-10-24-1f99.html

せんだいメディアテークでは、今回初めて体験型の作品を発表しました。つぶや
きマップという案内のチラシを読みながら、匂いや、音、触覚などを頼りに会場
を回ってもらいます。見ていて楽しいものはあまりありません。いつものメディ
アテークの7階のフロアです。でも視覚以外の感性をたっぷり使ってもらうこと
でおもしろい空間が発見できるはずです。

とても注文の多い展覧会です。見えない人の世界も想像しながら、視覚以外の感
覚であなた自身の感じ方も見つけてほしいのです。
アイマスクをして回るのですかと何度も聞かれましたが、ソウではありません。
見える人には、見えたままの状態でそれ以外の感覚を鋭くしてほしいのです。現
実が拡張されて、とまどいを感じていただけるとうれしいです。

最近ツイッターでつぶやいてます。ブログにも繁栄しているのでぜひフォローし
てくださいね。
光島貴之 (mitsuhari) on Twitter
http://twitter.com/?_twitter_noscript=1#!/mitsuhari

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2010.11.10

足音 一歩 散歩

「光島貴之展─足音 一歩 散歩─」
2010年11月9日(火)~28日(日)
午前9:00~午後9:00
 (最終日 午後4時まで)

ストリートギャラリ—
〒658-0051 神戸市東灘区住吉本町1-5-8
JR住吉駅北口から徒歩3分
http://www.street-gallery.net/

TEL 078-842-4114
FAX078-822-2447
info@street-gallery.net

秋の散歩をテーマに、足音を頼りにふみ出す一歩の確かさと不確かさを、断片的な絵と、それらを包み込む線で構成する。

*このギャラリーは、通りに面した無人のウィンドウギャラリーです。

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2010.11.08

見せ方でどうなる?

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STREET GALLERYの搬入と展示。
パネル(90×35センチ)2枚を送りそびれたので、かついで家を出たら、雨が降ってきた。どうなることかと思ったが、JRに乗る頃には、もう止んでいた。

11時に住吉着。軽くロッテリアで昼食。
12時から展示作業開始。パネル7枚だけでも場所的には十分のボリュームだが、さらに透明フィルムを使って3メートルの窓面にも描くかどうか迷った。

STREETの窪田さんとコーディネーターの阿部さんで話し合う。ぼくは、透明フィルムに描いて壁から床に向かって斜めにカーブさせる展示案を提案。
床面に描きたいという思いが以前からある。今回それをやれればと思ったのだが、どうも話しを聞いていると、床面ではせっかくの絵が見にくくなるだろうと言う。

それならばと、とりあえずフィルムに描いてからどこに展示するかを考えることにした。描きたいと思っていた構図も、床用のものだ。

出来上がったのは、右から、
「靴の裏と青色のスニーカー。右に曲がろうとしているところ」
「コインを落として、手探りで探している」
「その先に点字ブロック」
「いつもの木」
そして、それらの合間に葉っぱをたくさん貼り付けた。

さて、これを床面に立て掛けたが、NG。
ほとんど目立たないという。
仕方ないので、パネルに少し重ねるような高さで、ガラス面に貼り付けることにした。

「アート作品になるかどうかは、見せ方だ」と言う吉岡さんの声がどこかから聞こえている。パネル一枚一枚のイメージは、ぼくの頭の中に残っている。
透明フィルムに描いた構図も頭の中にある。
だが、それらを窓越しに合わせて見たときのイメージは、ぼくには、想像できない。いっそ、パネルだけにした方がよかったのではないかという気持ちにもなる。で、そういうときはどうするか。窪田さんと阿部さんの反応を伺う。感想も聞く。
でも、そこには、彼女たちの好みや、願望が渦巻く。これらを読みとり、今回は、この位置でフィルムを合わせることにした。
後は、いろんな人の感想待ちだ。

6時にギャラリーを後にした。


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2010.11.07

隠しタイトル

明日搬入の作品7店を描き終えた。28日まで。STREET GALLERY「光島貴之展─足音 一歩 散歩─」。
http://goo.gl/zVVai

作品の隠しタイトルは、「鍼の散歩」 「トイレでおしっこ」 「電柱にチュー」 「足下不安」 「一升瓶の足音」 「腕から腕へ」 「山道散歩」

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2010.11.06

ザラザラの電柱にチュー

久々の散歩。途中でスタバ。後、絵を4枚描かなければ。展覧会タイトル「足音一歩 散歩」とはかけ離れた絵ができあがりつつあるのが心配だ

散歩の帰り道、どうしても確かめたい路地とグラウンドの関係が気になって、遠回りをした。もう少しで、いつもの道に出られるというところで、横断歩道にあるはずの点字ブロックを探していて、ザラザラの電柱にほっぺたと唇を擦りつけた。髭のおかげか出血はまぬがれたが、ふっくら腫れてる。痛いよー!!メディアテークで実現できなかったザラザラの電柱だ。

見えない人の散歩には、危険が伴う。でも一枚、絵ができあがった。


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2010.11.03

公然とやればアートかも

メディアテークの「なぞる展」の話。

自販機の丸シール(タッチメモで読みとるタグ)をいたずらで貼り替える人がいるらしい。作品をインタラクティブに楽しんでいるのかもしれないけど、これは、バリアを作り替えるという試みでもあるので止めてほしい。

見えないと商品のキャッチコピーも知らずに買っているし、それがまあ、ゲーム感覚で少しスリリングでもある。そのあたりを気付いてほしいのだ。

この展覧会は、見えない人にも体験してほしいと思っている。
でも、実際に見えない人が、音声を頼りに買ってみたらぜんぜん別なものが口に飛び込んだらどうだろう。ぼくなら、裏切られたような気分になる。
せっかく展覧会に来ても、楽しむどころか、関係ないところでイヤな気分になってほしくないから、こういういたずらは止めてください。
意識的に点字ブロックの上に自転車を止めるようなものです。

と、ここまで攻撃的なメッセージを書いてきたが、ぼくはいたずらを公然とやっているに過ぎない。放置自転車や、電柱を置いたり、公然とやればアートで、隠れてやればいたずら。秩序への挑戦という遊び心を残しておく必要ありだなぁ。
次回やるときがあれば、感想やコメントを、音の壁に貼れるようにしてみよう。

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2010.11.02

見せ方にこだわった方がいいようだ

昨日の同志社での吉岡さんの講義、ぼくにとってのキーワードは、「見せ方で、アートになる」というところ。確かにぼくが、一番気にしてきたのが、その点だ。見えないぼくには、見せ方をコーディネイトしてくれる人が大切だと思い続けているが、どんな作家にもそれは、重要らしい。

そういえば、以前から障害者アートの展覧会にお誘いのあったとき、とにかく出品してほしいというような依頼がいくつかあって、断り続けていた。無意識だったが、見せ方を考えてくれてないなという直感がはたらいたのかもしれない。

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