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2014年12月21日 (日曜日)

感覚の変容

授業の中で質問を受けたり、メールで寄せられた感想などに応えていくために追加したカテゴリーです。
その時々で伝えたいことを書いていきます。
伝えると言うことは、違いを明らかにすることにもなるだろうと思います。

2回目の授業はワークショップ中心だったので少し和んだでしょうか。
特に「手ざわりカード」を使ってチームで話しあったのはよかったようですね。楽しかったという感想を多くいただきました。ぼくも全部ではないけどそれぞれのチームにおじゃまして一言ずつでも声を聞けてほっとしました。
残念だったのは、もっとストーリー性のあるテーマを出した方がよかったかもということです。例えば、「朝起きて授業に来るまでの様子」 「夕飯のメニュー」などです。そのためにはカードの種類を増やしたり、時間と人数の制約をクリアしなければならないのですが、少し安全策をとりすぎたかもしれません。

今回寄せられた感想は概ね予想通りのものでした。
一つおもしろいなと思ったのは、
「偶然にも、この授業を受けてから白杖を持っている人をよく見かけるようになった。」というものでした。
コメントを寄せてくれた本人も書いていますが、「今まで気付いていなかっただけかもしれない。」というのが正解でしょう。
ぼくも、以前に「見えない人が展覧会を案内する」という企画のコーディネーターをさせてもらったときに似たような経験をしています。
触覚的なことを伝えようとしている内に、いつの間にか五感が鋭くなり、展覧会終了後も少し間隔のバランスが崩れてしまったのです。何かに集中することで見え方や、その他の感覚が変化するということですね。そのような経験も大切なことではないかと思っています。

3回目の授業では、少しよそ行きを改めて臨んだ方がいいようですね。

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2014年12月14日 (日曜日)

本音で語り合いたいからかさ上げして見ないでね!!

授業の中で質問を受けたり、メールで寄せられた感想などに応えていくために追加したカテゴリーです。

その時々で伝えたいことを書いていきます。
伝えると言うことは、違いを明らかにすることにもなるだろうと思います。

今回は授業の感想や質問の中から気になった四つのことについて書きます。
まずは質問に対して応えてみます。

「技術の向上を意識しているか? それともそんなことは度外視しているか。」という質問です。

やっぱり上手に描きたいですよね。でもぼくの場合、うまく描くと言うより見てくれる人を驚かせたいとか、なるほどちょっと違うねと言ってほしい方が先に来るようです。だから何枚も同じモチーフで描いて洗練されていくということにはあまり興味がないようです。上達してくるとスラスラ描けますよね。そうすると飽きてくるんです。次のテーマを見つけたくなるんです。このあたりが移り気で、ちゃんと評価されなかったりする原因かもしれません。しかし、興味が持てないと描く気にはならないのです。

二つ目の質問は、「自分の作品を見たいと思うか?」と言うものでした。
これは、眼で確認したいかということだと思います。もちろんできあがった作品を見たいという願望はあります。それは見える人にはどう見えているだろうという感心でもありますね。
ぼくは十数年前から「言葉で絵を鑑賞する」と言う技を身につけました。見えない人と見える人が美術館に行って絵を前にして、対話しながら絵を鑑賞するのです。
絵を描き始めると人の絵や、映像などけっしてさわれないものが気になり始めたからです。この具体的な方法に付いては今回の授業とは少し方向が別になりますので、詳しくは触れません。もし興味をお持ちの方がありましたら以下のサイトをご覧ください。
http://www.nextftp.com/museum-access-view/

三つ目は、「作った絵を全部覚えているか?」という質問です。
繰り返しさわったり、話題にしてもらうものは覚えていますが、それでもどんな色を使ったかは忘れてしまってることが多いです。色は、その瞬間に思い浮かべた、あるいはよみがえってきた色を使っているので、暫くすると忘れてしまうのです。かたちは比較的頭に残っています。「これ何でした?」と手渡されても、暫くさわり続けないと思い出せなくて焦ってしまうこともあります。

さて、最後にぼくからのコメントです。
今回だけでなく、いつも寄せられる感想に「見えていないのにすばらしい作品だ!」と言うのがあります。
これはぼくを励ましてくれたり、いい気持ちにさせてくれる感想です。でもその余韻に酔いしれていられるのは5分か、長くとも明くる朝までです。

舞台の上で、例えば塔のようなものを作っているとします。ぼくが2メートルの塔を作りあげたとします。しかしそこにはすでに1メートルの踏み台が設置されていることが多いのです。
なので、3メートルの塔ができたとみんな勘違いしてすばらしいと言ってくれます。
しかしそのかさ上げされた踏み台は、すぐに取りはずされたり、場合に寄っては床が沈んでしまうこともあります。
ですから見えないというかさ上げをまともに受けとっていると思わぬ勘違いで足をすくわれかねないのです。

分かってもらえたでしょうか。あまり例え話がうまくないのですが、このことから分かるように障害を持っていると少しのがんばりでもずいぶんがんばったように思われて、日常生活では得をしてしまうこともあります。でも調子に乗っていると踏み台を外されたりしてこけてしまうこともあるわけです。

と、ここまで書いてきて、合理的な配慮はかさ上げには当たらないのか? という疑問が出てくることに気がつきました。ここから先はみなさんで考えてみてください。

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2014年12月 4日 (木曜日)

甲南大学で講演会(12月15日18時)

気恥ずかしいようなタイトルですが、話してしまうことにしました。
年末の平日で遅い時間からになりますがぜひお越しください。

光島貴之 講演会
芸術家にとって創作はセラピーか
〜ぼくは創作活動で生活の危機を乗りきってきた

2014年12月15日(月) 18:00〜19:30

会場 甲南大学18号館3階講演室(申込不要、参加費不要)
司会 服部正(甲南大学文学部)
問合せ 甲南アーツ&セラピー研究会
kaatsg@live.jp

美術家・光島貴之さんが、視覚障がいとどのように向き合
い、そこに創作活動がどのような影響を与えたのか、一人の芸術家の
生活史をご自身の創作活動とからめて語っていただきます。
創作活動と治癒的効果の関係について考える貴重な機会です。

PDFのちらしはこちらから
http://kihs-konan-univ.org/categories/wp-content/uploads/2014/11/mitsushima2014.pdf

光島貴之さん(みつしま・たかゆき1954〜 )は、国内外の展覧会やワークショップなどで活躍中の全盲の美術家です。光島さんが本格的に創作活動に取り組むようになるのは、40代にさしかかる1990年代中頃のことでした。

全盲の光島さんが、敢えて視覚芸術と呼ばれる絵画や彫刻に取り組もうと考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。触覚で鑑賞する視覚芸術の創作に精力的に取り組むということは、視覚に頼らない生活を続けてきた光島さんにとって、どのような意味をもつのでしょうか。

この講演会では、光島さんご自身が視覚障がいとどう向き合い、そこに創作活動がどのような影響を与えたのかという観点から、一人の芸術家の生活史を語っていただきます。それは、アーティストが自作の意味を芸術論として語るという性質の講演会とは異なり、創作活動とセラピーの関係について考えるうえでの貴重な証言となることでしょう。

協力:甲南大学人間科学研究所

〒658-8501 神戸市東灘区岡本8 丁目9 番1 号 Tel/Fax 078-435-2683
http://kihs-konan-univ.org

・阪神神戸線岡本駅またはJR神戸線摂津本山駅下車、北西へ徒歩約10分

・会場には駐車場がございませんので、お車でのご来場はご遠慮ください

本シンポジウムは、JSPS科学研究費助成事業(基盤研究(B))25284046「芸術学と芸術療法の共有基盤形成に向けた学際的研究」の助成を受けたものです

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