2008年2月14日 (木曜日)

あざみ野は、23日・土曜まで

京都も、温暖化を疑ってしまうような寒い日が続いています。
五日間のあざみ野での滞在制作を終えて、今週から、日常の鍼仕事に復帰しています。待っていただいた患者さんにはご迷惑をお掛けしました。しかし、続いてカンボジアに行ってきます。出発は、21日の深夜です。
帰ってくるのは、3月3日、早朝。本当に2月は、アート三昧。

ぼく以外の作品についても思うところがたくさんあります。特に金沢さんや西村先生の作品は、1つのスタイルができあがっていて安心して鑑賞できる。
ぼくの作品はと言えば、まだまだ発展途上。いつまでも転がる石のように変化し続けたいというのがぼくのポリシーだろうか。

詳しいあざみ野の報告は、改めて書くことにして、野崎さんから提供していただいた写真をアップしておきます。
最終日は、23日です。どうぞ覗いてみてください。Img_0028hp_1


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2008年1月25日 (金曜日)

青色の木がカリンバを聴いてるよ

昨日、雪がちらつく寒い中、朝早くから大丸に足を運んでいただいた方々ありがとうございました。
昨日の忘れ物は、2つ。触読式の腕時計と、ハサミ。ハサミは会場で借りて問題なし。
アシスタントをしてくれた鈴木さんに、ときどき時間を聞きながら進めましたが、何か時計がないと時間が早く進むような感じでやや慌てました。
でも、12時半過ぎには完成していたかな。
タイトルは、『青色の木がカリンバを聴いてるよ』にします。
会場の様子は、加藤わこ三度笠書簡
http://sandgasa.exblog.jp/8070721/
でご覧ください。

今回初めて、プラダンという素材をパネルに使いました。
http://www.pladan.com/pladan/index.htm
表面は、ダンボールのようななみなみとした手触りです。ダンボールの表面にビニールが貼ってあるような感じと言えばいいかな。
コーナンで、畳1畳分、厚さ4ミリぐらいのもので600円ほど。
今回は、それを90センチ四方ぐらいにカットしてもらい、白4枚、黒2枚で画面を構成しました。

ライブの前夜、「明日は、どんな絵を描こうかなぁ」と考えていたら、
ロビンさんの弾くカリンバノ音が、聴こえて来るような木を描きたいなと閃きました。
夜明け前の暗闇の中から、1本の木がカリンパの音を聴きながら目覚めてくるイメージです。
なので、黒い2枚のプラダンを縦に配置するかたちになりました。描き始めも、その木からです。


休憩を挟んで後半、少し悩みながら描いていました。
木を描いていると、カリンバも描きたくなりました。
まず右上にカリンバを、そこから、流れ広がる音のラインを木に向かって。
さて、後10分。いつものごとく、鈴木さんに「どこがさびしいかな?」と聞くと、
右から2枚目の下が少しさびしいとのこと。
触っているとそのもう1枚左も気になる。
そこで手を描きました。カリンバを奏でる指、あるいは、その振動を感じている指先です。
最後にすべてを聴いている耳を描いて終了。


すごく力強い手になってると思うんだけど、もう少し繊細な手を描きたかった。その点だけが、残念です。
相変わらず、ロビンさんの音は心地よく、いろんなイメージがあふれてきます。
ユーモアもあります。ぼくが、ハサミでラインテープをチョキンと切ろうとすると、
カリンバも会わせて「ビーン」と跳ねる。そこでカリンバも一休みして、また次の曲が始まる。
何となくぼくもカリンバノリズムに合わせて絵を触ったりしてました。
Aoironoki_2


Carinba_2

Aoironoki_zentai_2


ロビンさん、お忙しい中、どうもありがとうございました。

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2007年11月16日 (金曜日)

ドゥルソリはすごかった

10月19日、午後1時頃、ソウルしないのヘテギャラリーニ到着。
「ヘテ」というのは、ポテトチップスのようなお菓子を作っている製菓会社だそうだ。その本社の1階がギャラリーニなっている。
5時から、ドゥルソリ(DULSORI)とのライブ制作が始まる。
だがまだ画面にするアクリル板が届かない。高さ240センチ、横360センチの白く塗られた壁面だけが設置されていた。

いったん、ホテルに入ってゆっくりしたいところだが、そのホテルの部屋がまだ見つかってないという。
しかたないので、ドゥルソリの音源を聴きながら待っていると、午後2時半頃、間もなくアクリル板が届くという連絡がある。
ところが、サイズが変更になっていて、当初聞いていたものより大きい。
120センチ×240センチのものが2枚届くようだ。
当初聞いていたのより、面積でいうと1.5倍ぐらいになっている。
急遽、横T字にすることにした。
面積は増えたが、時間は30分短縮と聞いてびっくり。

何とかバンドに休みを取って貰い、予定通り2時間で完成ということで話しをつけた。
それにしても予定がドンドン変わる。これが国民性というものか。日本人が予定通りにこなすことに神経質なだけなのか。
ぼくが年を取って、隠れていた親父の性格が表面に出てきただけなのか。

こんな風に書いてくると、企画者の不手際ばかりを書いているように思われるかもしれない。
しかし、こういう悪条件が攻めてくると、何とか乗り切ってやろうというまけずぎらいの性格もムクムクと頭を擡げてくる。
気分も昂揚してくる。

打ち合わせのときにもらった、ヘテ製菓のポテトチップスと缶コーヒーで腹ごしらえ。
開始5分前にアクリルの設置も終わった。
演奏が始まって間もなく、ぼくは椅子に登り、赤いラインテープで右上から、やや左下に向かって1本の線を描いた。
弦楽器・歌・打楽器に合わせて押し寄せるイメージを描いていった。
大まかには、横のラインがメロディー。縦のラインや丸シールは、リズム。右下のカッティングシートは、太鼓の響きのつもりだ。
とにかく迫力があって、身体を揺すぶるような演奏だった。
ドゥルソリのユーチューブはこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=6nvxA3gWu9M

展覧会の様子は、韓国ソウルの観光スポットを紹介しているページ「コネスト」でもご覧いただけます。
指先で見る彫刻展
http://www.konest.com/data/spot_mise_detail.html?no=262


Seisaku

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2007年9月21日 (金曜日)

画面から外れてもいい

個展も終わり、いつもの鍼の仕事を続ける毎日です。

来場者数、約300人。
なつかしい人にもたくさんお会いすることができました。
はねうさぎの雰囲気を、デジカメで「やまみ」(ハンドルネーム)さんに撮ってもらいました。ありがとうございます。
京都で作品を発表するときには、必ず来ていただき、写真を撮ってもらってます。
「やまみ」さんのブログを紹介しておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/yamamichidemayou
です。
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今回の作品の1つの特徴は、縦長の絵です。
A3を縦割りにした黒バックの絵もそうなんですが、作品ナンバー25は、A4のケント紙を縦に8枚繋げたものです。
これまでにも横長の絵はたくさん描いてきました。ある意味では、横長なら、どこまで繋がってもだいじょうぶ。ドンドン描ける!!という感じなんです。
しかし、縦に伸びる画面には、どうも釈然としない気持ちが付きまといます。
物理的に上に手の伸ばせるのは、2メートルぐらいまでで、それ以上になると、脚立などに登らなくてはなりません。
いくら脚立に登ったり、降りたりしても実感として絵のスケールが実感できないのです。
横に広がるものは、絵の前を行ったりきたり、いくらでも歩き回れるわけです。

で、今回の25番は、蛇腹状に折りたためるようにして少しずつ上に描き進みました。
実際に描くときには、紙を回転させたりしているので、一直線に上に向かっているというわけではありません。
しかし、意識の上では上へ上へと伸びていくイメージで車を走らせたつもりです。

もう一つ、これらの絵に特徴的なことは、画面から一度外れて、もう一度戻ってくるという描き方をしているところかと思っています。
前回おてらはうすで展示したときにも、横長の絵でそういう試みを少しやっています。
一度画面から外れて、また戻ってくるという描き方をしました。
1

今回この18番では、根っ子があって、幹が右の方に画面から外れていく。上の方で再び
画面に現れるという構図を使いました。
これは、木のイメージなんですが、メモ帳には、「女性が泣き叫んでいる」というような書き込みがたくさんあってビックリしました。
ぼくが描こうとしているものと、見える人が思い浮かべるイメージとの落差があれば
あるほど、その絵がおもしろくなるように思えてきました。

会場に来てくれたなつかしい人たちと茶飲み話をしていたら、
「浮世絵では、画面の途中で絵が切れていることがよくあって、それがおもしろくて西洋の画家が真似をしていた」というようなことを聞きました。
浮世絵の構図の特徴の1つに、画面を断ち切るというのがあるんですね。ぼくにはこれが画期的な構図に思えてきてます。
粘土でオブジェを作ってもかたちが空間の外にはみ出していくというようなことは考えたことがありませんでした。
絵を描いていても、中心をずらせるということは意識していても、画面の中だけでの移動でした。
画面の中に存在させたいと思っているものが、画面から外に逃れていって、自由に空間を駆けめぐり再び画面の中に存在してくるというのは、ぼくには想像もできなかったことなんです。
こんなことができるのならもっといろんなものが描けそうだという気分になってウキウキしています。

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2007年8月29日 (水曜日)

紫式部のお墓で展覧会

朝から、ソウルの難波さんが、番組制作会社の人を連れてやって来た。
鍼灸院は休みにして、全面協力。

話しをしている内に、ドンドン取材内容が変わっていくという柔軟なやり方だ。
本来ぼくは、そういうやり方を嫌っている。でも難波さんの意気込みにいつも負けてしまう。今回もそのパターンである。

まず、何かをさわって描いてほしいというリクエスト。
おもてなしに用意していた缶コーヒーや、紅茶・水の中から選ぶことになった。
手渡されたのは、水のペットボトル。
さて、これ何の水だかわかりますか?
下の方がくびれていてその部分に白いラインを引いているのですが、写真では見えないだろうな。

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やっと描きおわったと思ったら、またまたリクエスト。外で作品を並べてみたいとのこと。
木があるようなところがいいと言う。船岡公園までは作品を持って行くには遠いし、
表通りでは味気ない。そこで思い付いたのが、近くにある紫式部の墓。小野篁の墓もあって最近は整備されて、観光案内にも載っている。
えらく気に入ってくれたのはいいのだが、実際に敷石の上に作品を並べてみたいと言う。
パネルに描いてラミネート加工している『わがままな記憶をかたちにしてさかのぼる』なので、まあいいかと、速実行。
一枚ずつ並べながら、インタビューを受けるという念の入れよう。
お墓で展覧会やるとは思ってもみなかった。
すっかり墓地を占領してしまった。

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