2008年9月16日 (火曜日)

グルグル渦巻き貝を作りました

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8月31日、ビューのワークショップで山科まで行きました。講師は、鈴木さん。
香港の疲れが残っていて、足がむくんでいたのでお休みしようかと思ったのですが、行ってよかった。作品作って元気になる体験でした。

見えない人、見えにくい人の参加は、5人でしたが、ちょうどいい人数でした。
サポーターのレベルも高くて、みんなそれぞれすばらしい作品ができたと思います。
詳しくは、ビューのウェブサイトでその内紹介できると思います。ここでは、自分の作品についてだけ書きます。

最初に、それぞれが感じている海の色を言葉で表現しました。
ぼくは、こどもの頃、よく泳ぎに連れて行ってもらっていた琵琶湖の和迩浜(わにはま)が記憶の底からよみがえった。
ワニが、住んでいる湖だと思っていたので、ちょっと不気味な青と、波の「シュワーっ」という感じを描きたいと発言。
濃い青にオレンジや、黄色、黒を混ぜると、不気味な色合いになるだろうというサポーター西塚さんのアドバイスで色を作ってもらう。
まだ、誰も足を踏み入れていない白い部分に、ドバッと作った色をぶちまけ、足でピチャピチャ塗る。
つるっと滑りそうになって西塚さんの腕につかまること数度。
全紙を8枚並べているとのことだが、10人が乗っかると、かなりの混雑。
足裏からは、あのなつかしいどろんこ遊びの感触が伝わってくる。

一頻り他の人の陣地にも侵入して、紙全体に海ができあがったところで一休み。
どんな色になっているかを、サポーターの人に説明してもらう。暗いところや南国らしい明るいところ、楽しそうなところも、激しい海もあるらしい。

次は、海の中にいるものや、関係するものを描く。
ぼくは、泳いでいると手足に引っかかって気持ちの悪い藻を描きたいと提案。
黒で曲線を描き、黄緑でその黒いラインに交差するようにジグザグを描く。
スポンジを石ころぐらいの大きさにちぎって、白い絵の具をつけてトントン。「シュワーっ」という波の音なのか、石ころなのかよく分からないものを描いた。

さて、ここまでが今回のワークショップの導入らしい。
今それぞれが描いた海の色の画用紙を切り抜いて、貝殻をモチーフにした絵を白いケント紙の上に作る。
海は、切り刻まれてなくなってしまうのだ。スタッフは、忙しそうにドライヤーで紙を乾かしている。
海は、海のままで存在できなくなって貝殻に姿を変える。このあたりの変換作業が、今回のワークショップの醍醐味だと思った。

巻き貝や二枚貝を触っている内に、これはもう渦巻きを切り抜くしかないだろうと思う。
ぼくが、蚊取り線香のような渦巻きを切り抜き、西塚さんがそれを少したるませながら、盛り上がりを付けてケント紙に貼っていく。
完全なる分業で、ドンドン紙の上に貝殻ができあがっていく。
正方形や、長方形を切り出してもらい、それに合わせて渦巻きを作る。
だんだん飽きてきて、渦巻きの途中にギザギザを入れたりした。
あっと言う間に時間が過ぎた。

今回できあがった作品は、貼り付けているということもあり触って鑑賞するのに適していた。
それぞれの個性が十分感じられた。
中途失明のMさんは、見えていたときの構図をぞんぶんに表現し、先天盲のYさんは、サポーターと議論しながら、観念的な世界を大胆に、
そして、Sさんは、意識してはいなかったのだろうが、セクシャルなボディイメージを表現していたと思う。
今回2回目のNさんは、少し慣れてこられたようで、「サウス・ビーチ」という作品だった。

鈴木さんの、絵の具を使うワークショップは2回目だ。
塗る楽しさ、作る楽しさ、人の作品を鑑賞する楽しさ。
それぞれバランスよく仕組まれていた。次は、どんな展開になるだろう。期待してます。

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2008年8月25日 (月曜日)

香港タイフーン6(長い一日)

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■25日(6日目)

長い一日の始まりだ。9時半頃ワークショップ会場に着き、参加者を待つ。
来た人から順番にアイマスクをしてもらい、昨夜描いておいた絵の右端に案内する。
ラインテープを頼りに1人でたどってもらう。少しラインから外れたところにある絵も素通りしないように適宜指示してもらう。
一度では納得できなくて、もう一度最初から触り直したいという人もいた。
アイマスクを取ってもらうと、絵の大きさに驚いたり、ワンタン麺が胃袋に入って行くところを理解してくれたり、日本から香港までの距離感を表しているという人などで、大凡理解してもらえたので、ほっと一安心。
12人の参加者だが、みんな丁寧に触ってくれたので、けっこう時間が掛かった。
午前の残りの時間は、ビデオでぼくのコラボレーションの様子を見てもらった。
香港の昼休みは、1時から2時というのが普通らしい。
午前は12時までというつもりで予定を組んでいたのでどうしても12時過ぎにプログラムが終わってしまう。
今日も12時半ぐらいに昼休みに突入。2時までのゆっくりした昼休みにしてもらい、参加者と一緒に近くの飲茶の店に行った。

さあ、午後からは最後のプログラム。ぼくにとっても初めての試み。
参加者を巻き込んでの一緒に描くコラボレーション。

2人一組になってもらった。3組ずつ前に出てもらい、画面を3分割して一斉に描いた。
あまりに書きこみすぎると画面が煩雑になってしまうだろうということから、三つの制約を設けた。
ラインテープは、3カットまで。カッティングシートは、2枚、2色まで。時間は15分。

かなり派手な楽しい絵ができあがった。これもADAHKの許可が取られしだい紹介するつもりだ。
締めくくりの質問を受け、4時頃に終了。

1時間ほど休んで5時からぼく自身の制作に入った。
12月に行われる展覧会に出品するための作品を作り、残していくことになっていたのだ。
しかもその様子をビデオに収めて同時に会場で流すという計画になっている。

本当は、この制作だけに1日掛けることになっていたのだ。
それがあの台風のために今から無期限で描けるまでスタッフと岸中さんをつき合わせることになってしまったわけだ。
プラダンは、A2の白が4枚。黄色が2枚用意されている。
構想はいろいろ考えていた。後は時間との勝負。
いくら何でも11時ぐらいまでには仕上げたかった。
ところが、最終日なので通訳のジェリーさんとスタッフとでぜひ食事に行きたいとのこと。
ぼくとしては、集中をとぎらせたくなかったのだが、どうも断れる雰囲気ではなかった。
その分遅くまで掛かるかもしれないがそれでもいいかという確認だけ取って8時頃から90分ぐらい食事。

10時頃から再開。どう考えても6枚は無理。
5枚での構成に変更。
結局完成したのは、午前1時過ぎ。写真を撮ったり、部屋を片付けたり、ギャラを受け取ったりして、ワークショップルームを出たのは、午前2時だった。
下の2枚は、ワンタン麺と漢方仕立てのナタデココ。
左が香港でよく飲んだ水のボトル。右が、台風に吹かれて倒れかかる木。
上が、エスカレータだが、こだわったのは、エルカレーターののり口とオリグチにある丸シール。
香港でも、音響式信号機がある。日本と音が違う。
ちょうどフライパンを叩くような音で、止まれというときには、タ タ タ タ とゆっくり鳴っている。
青になって進めというときには、タタタタタ と早いテンポで急がせる。
この仕組みが、エスカレーターののり口にも利用されている。
のり口には、早いテンポ。オリグチには、遅いテンポで鳴っている。
だから、逆方向のエスカレーターに乗り間違えることがない。
これを描きたかったのだ。
最後に5枚をまとめて台風を描いて終わり。


ホテルに帰っても興奮が続いていてなかなか眠りにつけなかった。
11時には、スタッフが朝食を買い込んで迎えに来てくれる。それまでに荷物もまとめなければ。
長い一日のことを考えながら、眠りについた。

フライト前、香港の空港でみんなでお茶にした。そのとき飲んだコーヒーは、こちらに来て初めておいしいコーヒーだった。おかげで機嫌良くして関空へ飛び立てた。

ワークショップのアシスタントや、事前のメールでのやりとりだけでなく、現地制作のアシスタントもお願いすることになった岸中さん、スタッフのシャンさん、ブライアン、通訳のジェリーさん、
どうもありがとう。

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2008年8月24日 (日曜日)

香港タイフーン5

■24日(5日目)

昨日は少し涼しいかと思ったが、また暑さは逆戻り。 
それにしても湿度が高い。気温は、京都よりやや低めかも知れないが、湿度は香港の方がまさっていると感じた。

それに比べ、建物の中の冷え方はかなりのものだ。
設定温度は、20度ぐらいになっているのではなかろうか。
ホテルの部屋では、エアコンを切って、換気扇も止めてちょうど快適な温度になる。
ワークショップをおえて部屋に帰って来ると、掃除がしてあって、エアコンも最低温度になって冷え冷えしている。まずは、エアコンを切るところから始めなければならない。
これが、香港のおもてなしなのだろう。それにしても、設定温度を少し上げて、エネルギー消費を押さえようというような雰囲気はないのだろうか。
エアコンの操作が、ダイヤルとシーソースイッチになっていたことは、せめてもの救いだった。

ワークショップ2日目の午前は、まずビデオでぼくの制作風景や作品を見てもらった。
次に、アイマスクをして3分間周りの音を聴いてもらう体験をした。
その3分間で感じたものを、丸や三角・四角のシールを画用紙に貼るということで表現してもらった。これは、初めての試みだ。
何か意識的に音を出してということも考えたのだが、自然な状態で耳を澄ますとどんな音が発見できるだろうかという試みだ。

どうやら、建物のどこかを使ってイベントをしているらしい。
リハーサルの音も途切れ途切れに聞こえてくる。
ちょっと難しいテーマかと思ったが、みんな積極的に作ってくれた。
3分間の音の変化を表現した人。自分の気持ちの変化の方に注目した人。楽しい絵ができあがった。しかし、音を絵に変換する作業が、午後から行う絵を言葉に変換する作業に結びつけばという下心は、みごとに裏切られた。


午後からは、言葉で絵を鑑賞するワークショップをした。
これはみごとに失敗。プログラムとしては、ビューの紹介をして、その後、岸中さんと現地の人をまじえてのデモンストレーション。そして、最後にグループに分かれて、アイマスクを使ってぼくの絵を鑑賞してもらった。

どこが失敗かというと、まずパワーポイントを使ってのビューの紹介は、通訳のジェリーさんの力量不足。正確に伝えるというより、自分の分かる範囲でしか伝えてくれてないなあということが分かった。ここで、絵の説明に着目するのではなく、自分の感じたままを言葉にしていくことで、ライブ感のある鑑賞ができるのだということを伝えなければならなかったのだが、手応えがなかった。
結果としてデモンストレーションが絵の説明に終始してしまった。
見えない人に絵をどのように説明すれば理解してもらえるのかというところに気持ちがいっていて、会話を楽しむとか、共有するというようなところには、最後まで注目してもらえなかった。

最後に、ぼくの絵を使ったのも、この絵には何が描かれているかという正解探しになってしまったような気がする。言葉には限界があるというような消極的な態度を助長させたかもしれない。

最後までそのあたりを切り崩すことができなかった。
見えない人に何かしてあげたい。支援の方法はどうしたらいいのだろうという関心が強かったのだろう。創作活動には、一貫してアクティブだったことを思うと、鑑賞というのはまた別の時限の話のように思えたのだろう。
そうなんだ!!このワークショップのタイトルは、「タッチ・アート」だったのだ。

6時前に終了し、少し休んでから、明日のワークショップの準備に取りかかった。一日ずつスケジュールがずれているので、明日は参加できない人もいる。
人数が半分ぐらいになるだろうとのこと。ちょうどいい人数なので、参加者にも描いてもらうことにした。

縦1メートル、横幅8メートルぐらいのロール紙をワークショップルームの壁に貼ってもらった。そこにぼくが下絵を描いておく。
明日朝、参加者は、入り口でアイマスクを渡されてこの絵を端からたどっていく。
午後からは、ぼくの絵の上に参加者が描いていく。

まず、関空から香港までの飛行機の乗り心地をラインで描いた。
そのラインの始まりの方には、関空で飲んだスタバのコーヒーとドーナツを描き、最後の香港の方には、ワンタン麺を食べているところを描き、インタビューで描いたナスを貼り付けた。

さあ、これを触ってどんな感想が聞けるか楽しみだ。

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2008年8月23日 (土曜日)

香港タイフーン4

■23日(4日目)

昨夜は、風も雨も強かった。ホテルの窓に雨が吹き付けていた。不気味な夜だった。
今朝は、雨も止み少し涼しい。街に出ると木が倒れていたりして台風のすごさに驚いた。

やっとワークショップが始まる。だが、ぼくには昨夜から決めかねて、迷っていることがある。
スケジュール通り予定をこなそうとすると、どうしても夜遅くまでの作業になる。そこまでスタッフをつき合わせていいものだろうか? そんなことを思いながら悶々としていた。

岸中さんが言うには、もっと自分のやりたいことをハッキリ言わないとダメだとのこと。相手の出方を見ながら、こちらの主張を出していくような京都的なやり方は通じない。
「ぼくは、これがやりたい」と、まずは主張しなければ!
というアドバイスに従ってこれから3日間のスケジュールについてスタッフを交えて話し合った。
かなりの強行軍になるだろうとは思いながらも、当初の予定を実現できるような方向で話しが決まった。
スタッフもぼくの提案を喜んでくれたようで一安心。しかし、忙しくなる。最後まで体力が持つだろうか?

10時過ぎにワークショップが始まった。参加者は、23人。
内、弱視の学生が一人。大学でカウンセリングの勉強をしているらしい。
他は、20代から60代の福祉関係や、教育関係や、アーティストなどだ。
中には、2年前に香港でおこなったワークショップに参加してくれた人もいた。

オリエンテーションの後、時間に余裕もあるので、自己紹介に時間を掛けるつもりだった。
「じゃあ、順番にお願いします」というなり、通訳のジェリーさんがぼくの手を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
どうやら、1つ目のテーブルのところに連れて行かれたらしい。何が起こっているのかを理解するのに時間が掛かった。
気がつくと、一人目の自己紹介が終わり、握手を求められていた。
あれよあれよという間に4人ほどの自己紹介が終わり、次のテーブルに連れて行かれた。
香港で自己紹介というと、こういうスタイルになるのだろうか?
なるほど、ぼくにとっては、対面して話せるので、とても雰囲気がわってくる。
しかし、他の参加者には、声が届かない。参加者全体に向かっての自己紹介にはなっていない。他のテーブルからは、ガヤガヤした声が聞こえてくる。

困った!! 想定外の進行にストップを掛けられない自分にもどかしさを感じながら、そのまま最後まで自己紹介を続けた。
おかげで、内容がぜんぜん頭に入ってこなかった。

後になって明らかになるのだが、3日間通してこのジジェリーさんの持っていき方には苦労させられることになった。
例えば質問が出るとジェリーさんは、その質問者のところに駆けつけて対面した状態で通訳をする。どうしてもみんなでシェアするような雰囲気ではなくなってしまう。
何度か、岸中さんも交えてその問題点について話すのだが、最後まで改善されることはなかった。

1日目は、いつもやっている触覚絵本を作るワークショップなのでこちらも手慣れたもの。順調に進む。
午前中にアイマスク体験を済ませ、午後から8ページの絵本作りに取りかかった。
今回のテーマは、「私の夢」
午前中にやった立体コピーで描くテーマは、「私が大切にしているも」だった。
大切にしているものがあって、その先にどんな夢があるのだろうかというように結びつけてもらえると物語が作りやすいかなと。そんなもくろみだった。

香港の参加者の印象は、みんな積極的だということだ。
発表にしても、質問にしてもドンドン出る。
*写真で様子を伝えたいところだが、主催者に確認しなければならないのでもう暫くお待ちください

ここでは、とんでもないおもしろいものを作った人がいるのでそれだけを紹介しておく。
この人は、エコロジー系のアーティストらしい。
テーブルの上では作れないとのことで外の廊下で作業していた。いろんな材料も自分で買いに走ったようだ。
テーマとの関係は忘れてしまったが、卵の殻や、中身のヌルヌル。挽肉などとにかくあまり触りたくないような手触りのものばかりが出てくるのだ。
もちろん手もベタベタになって鑑賞どころではなくなってくる。
他の参加者が触って気持ちいいことや触りやすいということを目差しているのに対して、この人はまったく反対の方向を目差している。
なので気持ち悪いのだがそれがいい。言葉がもっと通じればもっといろんなことがきけただろうと残念だ。
手が汚れるということと、そのまま保存できないということさえクリア出来さえすればらしい作品になる。
こういう発想、好きだなぁ!!

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2008年8月22日 (金曜日)

香港タイフーン3

■22日(3日目)

7時半頃、通訳のジェリーさんからワークショップ中止の連絡がある。
レベル8が出ているとのこと。台風の速度はゆっくりで、しかも直撃。午後からもたぶん無理だろうとのこと。
さてワークショップの日程はどうなるのか?

通訳の人を介しての話でいまいち要領を得ないところもあるのだが、
一日ずつずらして行えるように参加者に連絡しているとのこと。
ということは、ギャラには影響ないが、最終日25日に予定していた現地制作はどうなるのだろう?
ぼくの制作風景をビデオに収めて、12月の展覧会で発表する計画なのだ。
ひょっとして、最終日のワークショップ終了後描くということなのか?
いろんなことが決まらないが、あれもこれも通訳の人に委ねてもややこしくなりそうなので、とりあえず明日の待ち合わせだけ確認して電話を切る。

ホテル周辺の店も店じまいの様子らしいので、とりあえず朝食は、マクドナルドのフィレオフィッシュとハッシュポテトとホットコーヒーの持ち帰りにする。
朝マックというところだろうか。ホットコーヒーの袋には、大きなフレッシュミルク(15ミリぐらいだろうか?)が2つも入っていた。
シュガーのスティックも大きい。後で分かったことだが、このレギュラーコーヒー以外にマックコーヒーというのがあった。
とてもにがいコーヒーの底に、ミルクがたっぷり沈んでいるもので、これには、シュガーを入れないと飲みきれない。
あの苦さはインスタントコーヒーだろうか? コーヒーを入れて、さらにその上からインスタントの粉を入れているような気がするんだけど。

通訳のジェリーさんによると、香港人が飲むコーヒーは、ミルク砂糖入りが普通だとのこと。確かに、ランチセットに付いてくるアイスコーヒーもそうだった。
ブラックコーヒーを、飲む習慣はないらしい。
スターバックスはたくさんあるらしいが最後まで行くチャンスがなかったのは残念。

帰ってからネットで探して知ったのだが、香港のマクドナルドには、夕方のメニューでチキンとライスが出てくるものがあるらしい。次の機会があればぜひ食べてみたいものだ。

午後からますます風も雨も強くなってきた。
ホテルの中のレストランで昼食も夕食も済ませて、部屋で、明日からのワークショップについてあれやこれやと考えるしかない一日だった。
ゆっくりはできた。明日からがんばるしかない。

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2008年8月21日 (木曜日)

香港タイフーン2

■21日(2日目)

朝食は、昨夜と同じチャイニーズレストランで中華粥。けっこうボリュームがある。ピータンも入っていて栄養満点。

11時頃、ADAのワークショップルームで取材を受ける。
工場跡の建物の一室をADAHKが借りているらしい。
通訳のジェリーさんとも初顔合わせ。
インタビューで困ったのは、何か絵を描いてほしいというリクエスト。
ときどき言われることなので、ある程度予想していた。まあ、喜んでもらえるならと描く。
適当に描いたかたちは、ナスに見えたらしい。
カッティングシートを適当に切り、ラインテープを手の動くままに引いていっただけだ。
「なぜナスなのか?」 「何か深い意味があれば教えてほしい」
と、真剣に聞かれても困る。
後になって、通訳の人の限界を知ってからは、もう少し食い下がって質問の意味を問い詰めた方がよかったと思った。
あんがい、簡単な質問だったのかも知れない。
でも、その場では、きっと物語を必要とされているのかと思い、もう一度描き終えた絵をさわりなおした。
鋭く尖った部分と緩やかな曲線。ワークショップを前にしての緊張感と、
何のトラブルもなくすんなりと終わってほしいというメッセージとした。
とりあえずそれで納得してもらった。本当は、何も考えてなかったのだけれど。

ADAHKのもう1人のスタッフ、ブライアン(男性)と画材を調達に。プラダンとラインテープを買う。

いよいよ台風が近づいている。直撃間違いなしとのこと。
まず、明日は、朝からはワークショップはできないだろうとのこと。
午後からとか、丸1日キャンセルになることも想定してほしいと言われる。
香港では、台風情報でレベル8以上が出ると、会社や学校もお店もすべて休みになる。
ワークショップも中止になるとその分の講師料もカットされるのだ。
思わず減収の計算をしてみた。

夕食は、ホテルの近くの狭いスープヌードルのお店。
ワンタン麺と野菜炒めを食べた。
スープはあっさりしていて、麺が細い。ワンタンにはしっかり味が付いている。そしてでっかい。4つも入っていた。

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2008年8月20日 (水曜日)

香港タイフーン1

8月20日、香港へ。
今回は、ワークショップを3日連続でやる。同じ参加者に20時間のワークショップをするのだ。もちろん初めての経験。しかも海外で。
20日午後、香港着。
空港には、ADAHKのシャンさん(女性)が迎えてくれる。
台風が近づいているとの情報を聞く。
4日間のスケジュールと契約について確認。契約書にサイン。
シャンさんにホテル近くのお店を案内してもらう。

夕食は、今回、通訳兼アシスタントをお願いした岸中さんが、目星を付けてくれたお店に行く
地元の人が行くようなお店の様だった。
酢豚や餡かけソバや、スープ。
広東料理は、少し甘めだが、アッサリしていておいしい。
ぼくは、チンタオビールの大瓶を飲んで満足。

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2008年8月12日 (火曜日)

国際美術教育学会でミニワークショップ

8月8日、大阪国際交流センターでおこなわれた「第32回InSEA国際美術教育学会」に行ってきました。全体の雰囲気などよく分からないまま、群馬大の茂木先生からの依頼でミニワークショップを引き受けました。200人ぐらい入りそうなホールで、いつもの『京阪天満橋』をどんな風にやれるだろうかと、少し不安でした。

全体の流れは、
茂木一司(群馬大学教育学部教授)の養護学校や、盲学校でのワークショップの報告。
次に光島 貴之(アーティスト・鍼灸師)のミニワークショップ。
古川聖(東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授、メディアアーティスト )の音と映像を使ったワークショップの報告。
苅宿俊文(青山学院大学社会情報学部教授)のワークショップの考え方とまとめ。
という錚々たるメンバーに取り囲まれての発表でした。

みんな、パワーポイントや、ビデオ映像を駆使しての発表ですが、ぼくだけアイマスクを使ったりして、めっちゃアナログなことになってました。
アイマスクをして、『京阪天満橋』を体験してもらっている人には、退屈させないという自信はあるのですが、それ以外の大勢の人には、しゃべりだけで楽しんでもらわなければなりません。おっと、これは学会でした!!楽しむのではなく、知識を集積してもらう場でしたね(笑)
もう、このあたりからぼくの認識がずれてますね。

会場は、備え付けの椅子が、緩やかなスロープに並べられています。
机や椅子を持ち出すスペースの余裕がありません。
何とか、パネラーの席を空けてもらい、ワークショップ体験ができるようにセッティングしてもらいました。画板なども駆使して、30名あまりのアイマスク参加が可能になりました。
内2名が外国からの参加者です。
1人モニターになってもらい、指先の動きをウェブカメラで撮りながら、プロジェクターに映して会場の人に見てもらいました。

こういうやり方は初めてで、どの程度集中してもらえるのかが心配でした。
でも、難しい発表ばかりで頭が疲れていた人が多かったとみえて、気分転換としてうまく受け入れてもらえたようです。

世界学会なので、同時通訳付きです。
事前に、語り原稿を出すようにという指示もあり、点字でも原稿を仕上げて読み上げる学会らしいやり方をしなければならないかと、当日の朝早く(午前3時)に起き出して、久しぶりで点字タイプライターに向かいました。20分ぐらいの原稿は、点字で10枚になりました。

会場では、始めの2ページほどは、かなり原稿に忠実に読み上げていました。だんだん調子が出てくると、いったいどこを読んでいるのかも分からなくなり、その場の雰囲気を読みながらのしゃべりになってしまいました。

結果的には、それでよかったと思うのですが、同時通訳の人には、ご迷惑をお掛けしたかもしれません。ということは、レシーバーを付けて、英語を聞きながらの外国のお二人には、かなり苦労をお掛けしたかもしれません。

終わってから、いろんな人──特に特別支援学校の先生──が質問に来てくれました。
何と10年前、『京阪天満橋』を初めて使ったワークショップに参加してくれていた人にお会いできたのは、驚きでした。

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2007年8月22日 (水曜日)

岡山県立美術館で鑑賞のためのワークショップ

少し古い内容になってしまいましたが、7月9日にビューのメンバー鈴木さんと岡山県立美術館に行ってきました。
目的は、岡山県立美術館より、視覚障害者と一緒に美術鑑賞ができる体制づくりをすすめていきたいので、ビューの活動を紹介してほしいというメールをいただいたからです。

岡山県立美術館は、昨年「mite!おかやま」という対話型鑑賞のための企画展をしたり、今年から、毎週末にギャラリートークをボランティア体制でおこなっていたりと、鑑賞者の立場に立った、いろいろな試みをされています。
今回、ビューがどんな鑑賞をしているか、ボランティアとスタッフ約40名を対象に鑑賞のためのワークショップをしてきました。
当日の様子を報告します。写真入りでご覧になりたい方は、
http://www.nextftp.com/museum-access-view/katudou_43.html
でどうぞ。

続きを読む "岡山県立美術館で鑑賞のためのワークショップ"

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2007年8月21日 (火曜日)

色の表現ができなかった

19日・日曜日のビュー、ワークショップに参加してきました。
 今回は、鈴木さんを講師にして、色を使って塗る楽しさを体験するワークショップでした。
普段使っているラインテープとカッティングシート以外の素材を、いろいろ試せるので、ぼくにとっても魅力あるワークショップでした。

ぼくも含めて常連4人、初参加に近い人が4人ちょうどいい人数だったかな。サポーターの人もなんとか足りていたようです。
みなさん、暑い中お疲れさまでした。
けっこうみなさん楽しんでくれたように思いますので、これはぼく個人の感想です。

いつもかたちに注目しているぼくとしては、なかなか入っていきにくい内容でした。
講師の鈴木さんからも、「整いすぎてます。もっとはじけてください」と度々言われてしまいました。
でもぼくとしてはどうしても純粋に色を楽しむということができなかった。元々こだわりの強い人間なので、そう簡単に自分の殻を破ることができない。十分内部で崩壊状態を準備してやらないと脱皮できないようです。
殻を破れなかったのを講師のせいにしてはいけないのですが、もう少し色について、色を楽しめるような日常から解き放されるような仕組みを作って置いてほしかったなぁ。子どもだとそんなものいらないのだろうが、大人になると、服を着替えるのも大変なようです。

とはいえ、新しい発見もありました。
オイルクレパスで描いた痕跡があると、その部分を筆で通りかかると引っかかりがあるんですね。
なので、まずクレパスでラインなどを引いておくと後から筆で絵の具を塗るときの手がかりになるわけです。
乾いてからもクレパスで描いたラインは盛り上がって手に触れます。ぼくがやったのは、オイルクレパスと水彩絵の具の組み合わせでしたが、コレにアクリル絵の具も加えるとまた違った手触りができるのだろうか。
これはおもしろい感覚でした。しかし、このワークショップの意図、色を楽しむとはまったく関係のないことでした。

次回の創作ワークショップ、11月11日ですが、今回ぼくのサポーターをしてくれた京大の院生と一緒に画像処理を組み込んだワークショップをやる予定です。
見えている街を立体コピーで触ってみるというものです。デジカメで撮った画像をそのまま立体コピーにしたのでは、余計なラインが混入してわかりにくいので、それを瞬時に削除してしてしまうようなシステムを研究してもらっています。
けっして触ることのできない町並み、屋根の並び具合や遠くに見えている山出もいいのですが、そういうものを立体コピーで触ってみます。
街の音のコレクションなどもあれば聞いてみるのもいいかもしれませんね(ここまでが導入です)

2部(制作)では、部1つの刺激としていつも体感している街をいろんな素材を使って、普段見えている人には隠れている街を作ってもらえればおもしろいだろうと思っています。
相も変わらずぼくのワークショップは時間と機材が必要だなぁ。ビュースタッフの方、ご協力よろしく。

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2007年2月 4日 (日曜日)

モックアップってなんだ?

以前、デザインマラソンに参加した話しを書いた。
http://mitsushima.txt-nifty.com/notebook/2006/10/post_685c.html

そのとき、デザイン大賞を取ったチームから、モックアップ(デザイン模型)を作りたいという要望が上がっていた。
ぼくは、モックアップという言葉すら理解していない状態だった。何を作るんだろう!
言葉の響きから玩具みたいなものを作るってことかなぁぐらいに思っていた。

2月2日、たんぽぽの家で久しぶりにそのときのメンバー何人かと会うことになった。
プラス、デザインマラソンの時のユーザーとして参加していた北本晴雄さん(花園大学大学院)と太田啓子さん(大阪市立大学)も参加してくれた。
2人とも車いす使用者で、北本さんは、脳性麻痺。手の力が弱いようだ。
太田さんは、自力で車を運転しているが、指の力が弱く手の平で操作をするらしい。

ぼくを含めて障害者3人と、企業に働くデザイナーが集まって何をするかというと、
どこかで予算が付いたらしく、テレビのリモコンのモックアップを試してみようという集まりだったのだ。

*お願い:当日写真を撮っておられた方、適当なものがあれば提供してください。


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続きを読む "モックアップってなんだ?"

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2007年1月23日 (火曜日)

みんな一緒は気持ち悪い

小学校に行った話しと、10年以上前に行った中学の話しを書きましたが、
気になることが1つあります。10年の年月の中で変化してきたことなのでしょうか。
ぜひみなさまのご経験をお教えください。

それは挨拶のことです。1960年代に盲学校の小学部・中学部を過ごしたぼくには、こんなこともあるのかなぁと思いながら、なんか変な感じ、吐き気を覚えたりしています。
起立、礼まではいいのですが、クラスの代表の生徒が2人で
「今日は遠いところをわざわざわたしたちのためにごくろうさまです」
もう1人の生徒が
「みんな一生懸命にお話しを聞かせてもらいます」
などと劇の台詞のようにしゃべります。
緊張していて、つっかえながらなかなかかわいいものではあるのですが、そしてみんな声を揃えて、
「よろしくお願いします」
などと大きな声で挨拶してくれます。時間の終わりにも同じようなことが行われました。
声を揃えて一斉に「ありがとうございました」
と言われるとなんか身震いしてしまうのはぼくだけなのだろうか。

言わされている。みんな一緒にというのが不自然に思えるのです。会社の朝礼とか、自衛隊の訓練の様子をテレビか何かで聞いたのを思いだしてしまいました。
年々このような儀式がヒートアップしてきているように思えるのです。

昨年行った中学では、体育館に生徒を座らせるときに、担当の先生が、聞くに堪えないような声掛け、罵倒をしていたそうです。
ぼくは、後から生徒に手引きされて入場するという役回りなので、その場面には直面していなかったのですが、ビデオの準備などを手伝ってくれていた阿部さんが目撃していました。

管理強化と言ってしまえばそれだけですが、なんか教育の現場おかしなことになっていなければいいなと思っています。
ぼくは、みんな違っていてそれでいいということを伝えたいために学校現場に行っているつもりです。
みんな違うと言うことを伝えるためにお膳立てしてもらっているところがそれとは反対のことになっているのには疑問を感じるわけです。

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2007年1月11日 (木曜日)

小学校でワークショップ

市内の葛野小学校に行ってきました。
トーク&ワークショップという感じです。
総合の時間での取り組みですね。
英語の授業が小学校でも本格的に始まると縮小されそうな総合の時間です。

4年生、3クラス、100人が対象でした。
今回は、阿部さんが手伝ってくれました。
まず、全員揃ってビデオ「きらっといきる」を見てもらいながらぼくのアート活動について話しました。
けっこう、のりのいいクラスでした。

続いて阿部さんにポスター『ウルムの大聖堂』を使っての鑑賞ワークショップをやってもらいました。
同じ絵を見ても、いろんな見え方があるということを伝えたかったのです。

「青いラインは何に見えますか?」
という阿部さんの質問に対して
「風が吹いている」 「水が流れている」 「雨も降っている」
などの反応がありました。

「では、この真ん中の尖ったのは何に見える?」
という阿部さんの質問に対して、
「タワーだと思う」という意見。
すると、堰を切ったように手が上がります。
「ゾウの鼻のように見える」 「雷が落ちるところ」 「蛇のようだ」 「道が続いている」
などなど本当にいろんな見え方が、次から次へと飛び出しました。
横で聞いていても、とても刺激的でした。
もっと聞いていたい感じでしたが、時間が押しているので、10分ぐらいで中断して、
話しをぼくに振ってもらいました。

点字が下に書いてあるので、興味ある人は、読んでみてほしいこと。
こんな風に描きたかったという思いはあるが、みんながいろんな見え方を教えてくれたのがとてもよかったと伝えました。
1つの絵がいろんな風に見えていいのだということを伝えたつもりです。

後半は、50人ずつ二クラスに別れて『京阪天満橋』の立体コピーの絵を触ってもらいました。
50人となると、やっぱり迷う人も多くて、少し時間が掛かりすぎました。
でも事前にいろいろ学習していたのか、点字ブロックという言葉がすぐに出てきたのには驚きでした。
階段のイメージもすぐに理解してくれました。子どもの方が感がいいのかなあ。


Photo_16

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2006年10月27日 (金曜日)

ユーザー失格かと思ったが

ぼくは、心配性だろうか。よく言われるのは、スーパー・ミナクル・ポジティブなのだが。
たぶん、今日、明日のことはとても気になるのだろう。将来はあまり気にしていない。

48時間デザインマラソンに、ユーザー側ののアドバイザーとして参加した。
http://mitsushima.txt-nifty.com/notebook/2006/10/48_4cab.html

初日、10月23日にジュリア・カセムさんからテーマが発表された。
「ライフスタイル・スポーツ・レジャー」に関係するものなら何でもいいということだった。
ぼくは、Eチームに参加。ユーザーとしては、他に車いす・聴覚障害・視覚障害者など5人がそれぞれのチームに振り分けられていた。
イギリス人のチームリーダーが、各チームに一人ずつ。
後は、日本の有名企業の若手デザイナー(ユニバーサルで在に関わっている人)が7人ぐらいずつ。

前半は、ユーザーの意見を聞いたり、生活を観察して、そこから新しいデザインのヒントを得る。
後半は、デザイン設計をして、3日目、25日の夕方には、プレゼンをするというものだ。

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2006年8月 4日 (金曜日)

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その4)

最終日は、豊田さんのワークから始まった。
いままで一人で味わっていた身体感覚を、2人組になっておこなった。
肩に手を充ててその人の感覚を味わったり、充ててもらった手の感覚を自分の身体へ導くようなことだった。

続いて、西村先生のテーマは、
「粘土で、手に持って気持ちのいい形をつくる、」というものだった。
今回は、いずれも粘土の量が限られていたので、そんなに大きいものを作ろうということではなかった。
ぼくの気持ちも、身体感覚を呼び起こす豊田さんのワークでリラックスできていたのか、
あまり肩に力が入らずに、手早く3つ作品を完成させた。
これまで、粘土に向かうと、、特徴のあるものを作りたいという気持ちが先に出ていた。
人とは違うものをとあせっていたのだろうか。
今回は、ラインテープを手にして、体のどこからか滲んでくるかたちをたどっていくときの気分で粘土を楽しめた。

最後に、1日目に、みんなで触った3人の作家の作品をもう一度触った。
そして、見える人は、アイマスクを外して、始めて作品を見た。
ぼくは、掛井五郎さんの金属の作品がちょっと貧弱に思えていたのだが、いまこうしてもう一度さわるととても大きなおもしろい作品に思えた。
これは、3日間のワークショップで身体感覚が鋭くなって作品の受け止め方が変わってきたということなのか、
それとも、繰り返し触るという好意に意味があるのだろうか。
以前にも同じような経験をしている。そのときは、同じものを数年後にさわって、
あまりおもしろくないと思ったのだ。
まだ未消化だが、触るという好意が時間を掛けなければ成立しないということと、繰り返し触るということには何か意味があるような気がしている。

ところでぼくのキューブの作品だが、アイマスクを外して見たときの驚きが、他の作家の
ものに比べて格別だったようだ。
ぼくのワークショップでは、触覚と視覚の違いを感じてもらうために、立体コピーで作った作品をアイマスクをして触ってもらっている。
ぼくが、あまり意識せずに制作した作品にも、そのようなおもしろさが潜んでいるのかと改めて知った。

3日間のワークショップ、ぼくにとっては、普段使っている素材とはまったく違うものを使って表現ができたこと。
どうも身体を動かしたり感じたりすることが作品にも影響するという確信を持てたことが収穫だった。

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2006年8月 3日 (木曜日)

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その3)

古川さんの音を触るというデモンストレーションは、簡単に言えば、スピーカーの振動を指先で感じてみようと言うもの。
ガラスの割れる音や、バイオリンの音など、日常の音をいろいろサンプリングしていた。
ぼくはスピーカーの振動板のコーンに指を充ててみたことがあるので、あまり違和感はなかった。

しかし、参加者の中には、この振動が耐えられないという人もいた。
たしかに、ビリビリと指先に伝わってくる感じは、30年ぐらい前に試したことのある
オブタコンという文字読み取り装置を思い出させた。くすぐったくて、イライラしてくるあの感じだ。
でもこの装置からは、そんな違和感は伝わって来ない。
音によって振動の違いが伝わってくるので、もう少し繊細なデバイスが用意されたら、
このビリビリ感はここちよい刺激になるのではないだろうか。

いまのところこの装置では、音も一緒に聞こえてくる。
純粋に振動だけに置き換えられたら、もっとおもしろいものになるのではないだろうか。
ここちよい振動が伝わってくれば、治療的な役割も果たすかもしれない。
錯覚かもしれないが、振動には高さもあるように感じた。このあたりもうまく使えるとおもしろいだろう。

ひょっとしたら、これは、視覚障害者ではなく、聴覚障害者にとっておもしろいものになるかもしれない。


牛さんのデモは、ピンディスプレイだ。
点字を、ピンの凹凸で表すものはどこにでもあるが、点字ではなく、映像を表現しようとしているところがおもしろい。
さらに進んで、動画になっているところに特に注目した。

1行分のディスプレイではなくて、点字用紙1枚分、B5ぐらいの画面にピンが密集している。
ピンを同時にオンすることはもちろんできるわけだが、左からあるいは、上から順にピンがオンしていく。
と同時に最初オンしたピンがオフになっていく。
そうすると例えば3センチぐらいのラインが左から右へ、あるいは、上から下へ移動していくのが感じられる。
指先でその行き先を追いかけることもできるのだ。
このピンノ固まりを、指先で追いかけるのは快感だ。連続的ではなく、その場から消えたかと思うと、まったく違う場所に突然現れる。
両手を使い、手の平も使って追いかける。なかなかスリリングだ。

両手の平をべたっと画面に押し当てているとその手の平の中で丸が広がったり縮まったりするのがわかる。
とてもアクティブで楽しい。
参加していた、盲学校に通っている小学生も、声を上げたり足をバタバタさせて喜んでいた。
ぼくもこのディスプレイで人の動きなどを触ってみたくなった。
もっと大きい画面がほしくなる。A3ぐらいになると1千万円以上必要だそうだ。
ピンだけの表現ならA3以上の大きさは必要ないかもしれない。手の平で追いかけられる大きさには限度もあるし、頭がついていかないかもしれない。
しかし、音と組み合わせるならもっともっと大きい画面でもおもしろいことはできるはずだ。
1億円ぐらいの予算で何かやってみたいな。

最終日には、このお二人といろいろ意見交換もさせていただいた。
1億円は別として、これらの機材をうまく使って展覧会が構成できればいいなぁ!!

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2006年8月 2日 (水曜日)

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その2)

初日にもう一つやったのは、いろいろな石に触れて印象を木炭で描くというものだった。
木炭を使うのは初めて。スティック状の炭なのだが、摩擦感は、白墨っていう感じかな。
描いては、指で消す。消しゴムで消す。
そんな風にやるとおもしろいものができるらしい。
これもなかなか難しい作業だった。なんだかいっぱい粉が紙の上に溢れてきて、一面が粉だらけ。
苦手なお菓子(粉がいっぱいまぶしてあるようなもの)を食べ損ねて、粉なだらけにしてどうしようもないっていう感じになった。
手も粉なだらけ。あまり自由な気持ちにはなれなかった。
これも後から自分の表現を確認できないのが致命的かな。
お互いの表現について話したり、感想を述べ合う時間があればよかったのかもしれない。
そうしたら、自分が描いたものを他の人からどんな印象か聞けるだろう。
時間がおしていて、振り返りの時間もなかった。残念。

8月2日は、豊田さんのワークから始まった。
初日は、自分の体を感じるというようなわりと静的な内容だった。
2日目は、いわゆるブラインドウォークから始まり、野外にある触っておもしろそうなものを手で見るというもの。
2人組になって、アイマスクを付ける人と、サポートする人が交互になるのだが、
見えない人は、スタッフが付いてくれる。それでぼくも手引きしてもらうわけだが、
これでは普段歩いているのと同じ。見えない人は一人で歩かせなくてはおもしろくないね。
ぼくは、一直線に狛犬の置物のところに連れて行かれた。
連れて行かれたというのは、サポートする人が触っておもしろそうなものを見つけて、そこに連れて行って触らせるように指示されていたからだ。

少しさわり始めたところで、
「これは、神社によくあるやつだな。でも美術館にこんなものが。いや、ここは庭園美術館だからか?」
などと考えていると、通りかかった人が
「それ狛犬だよ」と声を掛けていった。種明かしされてしまうとおもしろくないのだが、まあしかたない。

一方、サポートに付いてくれた人は、見えない人に慣れていない様子で、ぼくが台座に登ったり下りたりすると、
必要以上にヒヤヒヤしていた。落ちても30センチぐらいなのだが、とても心配してくれた。
他の人たちは、木を触る人が多かったようだ。

次は、西村先生の出番で、先ほどのブラインドウォークで触った手のひらの印象を粘土の造形にする
1キロぐらいの粘土で、手の中に入る程の大きさで作る。
ぼくが作ったのは、狛犬の表面の縦のラインと、渦巻きになった毛玉のような印象だ。
たまたまぼくと同じ狛犬を触った人が居て、手触りがそっくりだと褒めてくれた。
久しぶりの粘土で意気込んでいたからか、あまり悩むことなく、すばやく印象をかたちにできたと思う。
10年ほど前に西村先生のワークショップに通っていた頃は、この導入の部分で、音や手触りをかたちに置き換えるというのが苦手だった。

次は、古川、牛、両氏によるタクタイル・ミュージックなどのデモンストレーションとトーク。
(続く)

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2006年8月 1日 (火曜日)

手で見る鑑賞術ワークショップに参加して(その1)

日記にも書きましたが、東京でのホテル生活、インターネットが繋がらなくて下書きになってしまった原稿があるので、少しずつアップします。
日時を日記風に偽って、ワークショップの日付に合わせています。

ミューズカンパニーのワークショップ、伊地知さん、西村先生にも久しぶりでお会いした。
なつかしいメンバーが、参加者にも一人。
玉録音福祉研究所の清水さん。マラソンを趣味にしていたりする人だが、
ミューズカンパニーのワークショップでは常連だ。
粘土造形をして、その作品におもしろいコメントや、詩的な文章を付けるのがお得意で、昨年、個展もされたようだ。

今回のテーマは、手で見る、鑑賞というのが1つのテーマになっていた。
参加人数は、全部で20人ぐらい。視覚障害者6人ぐらいの中には、小学生や中学生の参加もあった。
自己紹介の後、3つのグループに分かれて、アイマスクをして、粘土の作品(西村陽平)、
金属の作品(掛井五郎)、強化ダンボールのキューブ(光島)を手で鑑賞した。
さらにその印象を鉛筆でB2ぐらいのわりと大きな木炭紙という少しザラつきのある紙に描いた。
印象は、絵だけではなく言葉でも書くように指示された。

触った作品は、最終日にもう一度鑑賞して、ワークショップを受けた結果どんな印象の変化があったかを確認することになっていた。
アイマスクを外して、鉛筆描きしたものを見るときには、すでに作品は撤去されていた。

ザラつきのある紙に鉛筆描きというのは、とてもやりにくい。
ツルンとしたケント紙なら少し筆圧を掛けると、ラインが手で確認できる。
ぼくは、それがいいのか悪いのかわからないが、紙に折り目を付けて目印にしながら描いた。
言葉もスタッフに書き取ってもらうより自分で表現したかったので、点字のイメージを
書き入れた。どうもこんな変則的なことをやる人は、やりにくいやろうなと思いながらも、これがぼくのいつものスタイルである。

すでに描きたいかたちは、その人の中にあって、アイマスクをしていても、目が見えなくても印象は描けるというのが西村先生の考えだろう。
だから、むしろ確認ができない方が、大胆に思い切って描けるということなのだ。
そのことは、目の見えない人においても、同じように作用するということなのだろう。
このあたり、ぼくの考えは西村先生と少し違っている。

目の見える人は、アイマスクをして、いろんな意味で気持ちが解放されて自由になれるという側面があるだろう。
しかし、目の見えない人が、始めから心や気持ちが解放されているとは思えない。
見えない人にも、アイマスクをすると同じような解放のきっかけが必要ではないだろうか。
もしそのきっかけがないなら、大きな紙と鉛筆を渡されても自由にはなれない。
ぼくは、そのきっかけを捜しながら絵を描き続けてきた。
あるいはその契機は、ぼくがアート的なものに接してきた長い時間にあるのだろうと思う。
もし、今回のワークショップの中にそれを求めるとしたら、この後おこなわれた豊田さんの感覚をひらくワークだろう。
(続く)

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2006年7月22日 (土曜日)

身体の動き

午前で鍼の仕事を終えて立命館大学衣笠キャンパスへ行きました。
ダンスのワークショップです。ぼくがやるわけじゃありませんよ。ぼくは、参加者です。
初めてだなぁダンスのワークショップに出るのは。
以前、西村先生のワークショップに参加していた頃は、ミューズカンパニーの伊地知さんに
「体を動かす方はどうですか? 粘土だけじゃなくて、ダンスもやってみませんか?」
とよく誘われてました。当時は恐ろしくて、ダンスにまで手を出すことはできなかった。
なぜって、体を動かすのはいいけど、人の動きもわからないし、自分の動きも確認
できないのだから、やっても意味があるのって感じでした。

粘土をしたり、ラインテープで絵を描いてもそれらは自分で触って確認できます。
人の作品も触ることができます。
でもダンスというのは、ただ動いているだけになってしまう。人の動きを確認するのは
かなり難しい。

それに、ダンスにはあまりいい印象がありません。
盲学校でやったダンスと言えば、フォークダンス。
オクラホマミキサーとかマイムマイムなどです。
左足から出すとか、何歩歩いたら、どうするとか、とても決まりが大変でした。
ぼくにはラジオ体操の続きにしか思えませんでした。とても窮屈で退屈でした。

どうもそんな思いがあるらしく、ゲストトーカーの役割が与えられているからということで、
しかたなく出かけたというのが正直なところです。

ダンスをナビゲートしてくれるのは、黒子さんという女性。
30分ほど、リラクゼーションというのか、自分の体を感じ取るための動き。
後半は、体を動かしながら、自分自身に触れあったり、
外の世界に触れあっていくような動きをしました。
自分自身に触れるのは、手で身体を触っていくということですね。
触りながら動きを作っていきます。
外の世界との触れあいは、地面を触ったり、空間を触ったりということです。

黒子さんの言葉でのナビゲートは、ぼくにもすんなり入ってきました。
今回、ぼくが参加しているからそんな言い方をしているのかと、質問してみました。
「特にそんなことを意識してはいない。いつものことだ」
とのことでした。

ぼくは、いつも患者さんの体を触っている手で自分の体を触りました。
ラインテープを使っている指や手のひらで空間や床に絵を描きました。
いつのまにか床と空間は繋がってひとつの空間になりました。
ぼくの身体もその中に入り込んだようです。

いつのまにか、黒子さんの手が触れました。その手をたどりながら、もう一方の手で空間をたどりました。
自然に体が回ったり、伸びたり縮んだりしました。
そしてある瞬間お互いのてが離れました。空間に旅立つように。
また暫くしたら、今度は別の人の手が触れました。黒子さんの手とは違う感触です。
その手はだれの手だったのかわからないままです。

終わったとき、ぼくは、かなり移動していました。くるくる回ったり、ごろごろ転がっている間にすっかり居場所がわからなくなってました。
いつもは、自らの位置を失うのはとても不安なので、そういう動き方はしません。
今回は、自分の宇宙を作ってしまったようです。

人と繋がって動くときの感覚。そして離れるときの快感。
何かなつかしい気分になりました。思い出してみると、子どもの頃、弟と
プロレスごっこをした記憶。高校生の頃柔道をした記憶でした。
あんがい格闘技系が好きだったんだ。

それにしても、大きい体がごろごろ。けっして柔らかくない体。お腹がじゃまになりながらの動き。
客観的に診れば滑稽だろうな。だれもそんなことを伝えるような近しい人は参加してなかったのがせめてもの救いかも。

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2006年2月24日 (金曜日)

ハートマークのワークショップ

今週の火曜、水曜と大阪市の青少年センターの企画でワークショップをやってました。
 子育て中の親を対象にするということで、どんな参加者になるのか、少し心配しながら会場に向かいました。
1日目は、日之出青少年会館でした。一時保育もあるというので、参加しやすい条件下と思ってましたが、人数が少なくて拍子抜け。
呼びかけ文の中には、次のようなやたらと長い、わかりにくいだろうなあと思われる一文がありました。
「目が見えないこどもの世界を知る手がかりとして、記憶や音、指先の感覚を活かした「触る絵画」のワークショップを通じて、目が見えないこどもたちの世界を体験、共有、交流する中から、目が見えないこどもも、見えるこどもも、ともに豊かに暮らしていける子育てを考えます。」
たぶん、企画者の意図としては、目の見えない子どもを持つ親だけでなく、見える子を持つ親にも参加してほしいという思いがあったのでしょう。
地域で障害児を受け止めていこうという姿勢は理解できます。でも、表現がとてもわかりにくい。子育てで忙しい親にこのようなメッセージが伝わるとは思えない。さらに言えば、企画者の意気込みが感じられなかったという印象もあります。

 2日目は、場所を上新庄の大阪市立盲学校に移して、視覚障害児を持つ親を対象にしたワークショップでした。
ここでは、盲学校の協力もあったのでしょう。14人の参加があり、いつものように活発なワークショップとなりました。
やっぱり、ある程度人数が集まっていろんな個性が集団を作っていた方が、賑やかで大胆な作品も生まれてくるように思いました。
もう1つ、活発になった原因は、自分の子どものためになにかを吸収してやるぞという気構えでしょうか。そういう気迫みたいなものも感じました。

 こちらの反省点としては、福祉という枠組みに乗せられてしまって、自由さに欠ける内容になってしまったかなあと思っています。
なぜなら、今回の子育てというテーマを意識し過ぎて、描くテーマを「育てる」にしてしまったことです。
なかなかいいテーマを思いついたとやり始めたのですが、よくよく考えてみると、子育て真っ最中のときに、改めて「育てる」なんて言われても、おもしろくないやろなあと思ったのです。
で、結果として育てるという言葉のイメージからやたらと「ハートマーク」がたくさん描かれました。
携帯世代の、絵文字文化の現れかとも思うのですが、それにしても毛糸でハートをかたちどる人が多いことには、ビックリでした。
子育てはしなくてはならないものだ! イヤイヤではなく、楽しくやらなければならない! むりやりハートマークで自分の気持ちを鼓舞しているようにさえ思えました。
子育てに疲れて、もうそんな場所から逃げたいと思っている人も居ていいわけで、もっと自由に気持ちを表現できるテーマを選ぶべきでした。

 それにしても、ぼくは目の見えない子どもとして、なにか特別な子育てをしてもらったのだろうか? 目の見えない親として、特別な子育てをしてきたのだろうか? そして、そのどちらからも遠ざかりつつあるということで、改めて年齢を感じたワークショップだった。

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2003年6月24日 (火曜日)

視覚障害の人も平面アートにチャレンジ ワークショップ開催にあたって

 この頃ぼくが絵を描いていることが、患者さんにもばれてしまって、
こんなことをよく言われます。
「先生は、絵を教えているのですか。お弟子さんは、何人ぐらいいはるの?」
そんなとき、ぼくは、
「自分で楽しんでやっているだけで、教えるなんてことはできませんよ。ぼくも誰かに教えてもらったわけでもないし、
誰かに教えるほどのものもありません」
というような、受け答えをしてきました。

 でも、なんかそうも言ってられなくなってきて──少し気持に余裕が出てきたのかもしれませんが──アクセス・ビューの人たちに背中を押されるようにして、
今回初めて自分の技法を公開することになりました。
たぶん、いろんな人に伝えるのは、ぼくにとっても新たな技法に出会えることになる
だろうという予感もあって楽しみなのです。

 今この文を書いていて、思い出したことがあります。
盲学校小学部の3年ぐらいの頃だったと思います。
夏休みの図工の宿題で、なにかを作っていかなければならなかったので、
いつものごとく休みの終わり近くなって、母親に手伝ってもらいながら、
油粘土で風景画のようなものを描いたのを思い出しました。
富士山を描いたのだったかなあ。
カッターシャツの箱の中を画面にして、粘土を薄く延ばし、貼り付けるようにして作ったように覚えています。
ぼくがいつも粘土遊びをしていたので、そのようなヒントを母親がくれたのだと思います。
しかし、盲学校でそれ以後、絵を描くことはありませんでした。

 最近、岡山での個展で出会った岡山盲学校や香川盲の美術の先生の話では、平面にも取り組んでいるとのことです。どんな取り組みなのか、もう少し詳しく聞いてみたいと思っています。

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2002年11月 8日 (金曜日)

違っているからこそおもしろい──でも、伝えあうって難しい?

 今日から、鍼灸院を開業して21年目が始まりました。自分でもこんなに長くこの仕事を続けてきたのがふしぎでもあります。転職しなかったというより、一つのことを20年も続けられたということが信じられないという感じなのです。

 昨日は、高槻の高校に人権学習と称して、講演に行ってきました。演題は、「違っているからこそおもしろい──でも伝えあうって難しい?」というものですが、中身は、あーとのことを通して語りかけるスタイルです。生活史を語るようなことは以前にもありましたが、高校生にあーとをテーマにして話すのは初めてでした。ビデオをまじえてなので、組み立てはわりと楽なのですが、中程でワークショップ的な内容を組み込んだのがうまくいきませんでした。
 一つは、いつもの『京阪天満橋』という立体コピーの絵を、アイマスクをして触ってもらうものです。生徒の中から3人を選抜してやってもらいました。その情景をビデオカメラで撮って、プロジェクターで全員に見せながら勧めるというものです。実際に体験している生徒と、その様子をプロジェクターで見ている生徒との間には、量りがたい温度差があったようです。なにしろ6クラス、240人というのは多すぎますね。ただ人数のわりには、静かに聞いてくれたという印象はありました。
 その2は、絵を言葉で説明してもらう体験です。ミュージアム・アクセス・ビューでやっていることを生徒3人とやってみようと試みました。作品は、2つ用意しました。ビュッフェの『座って酒を飲む人』とゴッホの『アルルのゴッホの寝室』です。時間がなくて、ビュッフェしかできませんでした。ぼくがいろいろ生徒に聞くかたちで進めたのですが、なかなか恥ずかしがってリズミカルにはいきません。最後にその絵をプロジェクターに映し出す仕掛けになっていたのですが、なんかドラマチックではなかったなあ! まあ、感動的な場面を演出しようとしていたわけでもないのですが、ぼく自身なにを求めていたのかが、ハッキリしてなかったところに問題があったようです。

 言葉で説明することの難しさ。楽しさを伝えたかったはずなのですが、ザワザワした時間になってしまいました。今度やるときは1クラス40人ぐらいでやってみたいですね。

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